第216話 一緒にいたい

***


「え? つ、ツムギ結婚するの?」

「いや、最悪でも養子だな。結婚はしない」


 宿に戻るとまずはシオンが使っている部屋に行き、二人でベッドに腰かけて事の経緯を説明した。

 今回の話はひとまず保留にさせてもらった。レイミアが養子でもいいと言ってくれたが、どちらにしろ考える時間が欲しかった。

 あちらとしては、俺をレルネー家に取り込めればいいのだろう。


「ただ、俺が結婚するなり養子になるなり、要はレルネー家の一員になれば、シオンの護衛依頼も遂行できなくなる」

「あ、そっか……。でも、養子にならない場合もある、ってことよね。その時は、依頼を続けてくれるんでしょ」

「……悪いが、それも無理だ」

「っ……どうしてよ」


 シオンが驚きに目を見開く。そんなに護衛が大事だろうか。


「あたしと数年通って、一緒に卒業すればいいじゃない。

 それすら、ダメだっていうの?」

「俺には俺の目的があってこの場所にいる。

 だがその目的の前に、まずはオウカをなんとかしたい」


 俺の最終目的、それは魔王の復活阻止だ。

 だが、その手掛かりは何一つ掴めていない。

 魔王も魔族も空想上だったこの世界では、魔族の動きも最近のものだ。

 だが、魔族が本格的に動き出していることも事実。つまり魔王復活はどこかで動いている可能性が高い。


 いまは目の前のマイナスをゼロにしているだけだ。

 俺の手の届かないところで、大きなマイナスが動いているに違いない。


 魔族と邪視。この二大勢力は何かしら関わりがある。

 オウカの記憶を取り戻すことは、邪視に近づくことにも繋がるはずだ。


「その為にも、出来れば動きやすい環境下にいたい。冒険者に戻ろうと思う」

「そんなのダメよ!」


 シオンがベッドから立ち上がり、俺と正面を向き合う。


「依頼の報酬は返す。まだ手形も換金せずにやり繰りできていたからな」

「そういう問題じゃないわよ!

 あたしを守ってくれるって言ったじゃない!」

「……護衛任務の間だけと言ったはずだ。

 新しい人を雇ってくれ」


 話は終わりだと立ち上がる。

 同時に、シオンが俺の胸元に抱き着いてきた。


「好きなのよ! あたしだってツムギが好き!

 ずっと一緒にいたい! いて欲しい!

 ねえあたしと一緒に戻りましょ。

 あたしとツムギと、オウカちゃんで。ソリーでも冒険者はできるわ。

 私が奴隷商で稼ぐから、ツムギはオウカちゃんの為に動いてくれればいいから。

 ね? 好きな人と一緒にいたいって思うのはおかしいの?

 あたしがツムギと一緒にいたいって思うのはおかしいの?

 レルネー家の一員になったほうがツムギに得があるのは分かるわ。

 だけどツムギは生徒会長のこと好きでも何でもないんでしょ?

 生徒会長だってツムギのこと好きじゃなくて、ただレルネー家に必要だからそう言ってるんでしょ?

 あたしはツムギが好き。ツムギの為なら何でもできる。ツムギの為に何でもしてあげる。必要だって言うなら特訓だってして一緒に冒険者になる。

 オウカちゃんを取り戻してその後の目的っていうのも手伝う!

 だから!」


 緑色の瞳に見つめられる。

 シオンの息遣いだけが部屋に流れた。


「だから……」


 顔が近づいてくる。

 僅かに涙の溜まった瞳が閉じられる。


「おかしくはないさ」


 シオンの唇を人差し指で受け止める。


「好きな人と一緒にいたい気持ちは大事だと思う。

 だが、俺はシオンが好きじゃない。ずっと一緒にいたいとも思わない。

 俺は必要があってレルネー家の話を保留にしてるんだ。

 好きだからどうこうは必要ないんだ。ただ合理的に、使える話がどこまで有効な手段かを見定めたいだけだ。


 もし、俺と一緒にいたいから学院に入っているなら、ソリーに帰るんだ」


 シオンの目が再度見開かれ、涙が零れた。

 唇から手を離し、俺は部屋の扉の方へと向かう。


「ツムギは」


 取っ手に手をかけたところで、シオンが言葉を吐いた。


「ツムギは、オウカちゃんが好きなんでしょ?

 オウカちゃんと一緒にいたいから、取り戻したいんでしょ?」

「そうだ。俺はオウカの隣にいたい。オウカには隣にいて欲しい。

 だから、オウカを取り戻して――あと半年だけ一緒にいたいんだ」

「……どういう」


 シオンの問いかけを聞く前に、俺は部屋を出て扉を閉めた。


***


 俺はオウカの隣にいたい。

 でも、いままで俺の隣にいたのは奴隷のオウカだ。

 奴隷魔法を受けたオウカが、今までいたんだ。

 だから、契約通り、あと半年だけ。

 そして彼女を奴隷から解放し――その後は。


 廊下を進み、本来の自分の部屋に入る。

 明かりはついていなかった。

 あいつがいるはずなのに。

 と、その本人が目に入った。


 開かれた窓から空を眺めていた。

 月の光が僅かに差し込み、彼女の黒髪を艶やかに照らしている。

 その後ろ姿だけを見れば、「オウカ」と声を掛けたくなってしまう。

 しかし、いまあそこにいる少女は違う。

 

 少女が、こちらに気付いたのか振り返る。


「ご主人様……」


 その奴隷は、全裸だった。

 両腕で胸を覆い、太腿の外側をなぞる様に前に出された尾っぽが恥部と重なっている。


「私に、ご主人様をください」 

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