第214話 妄言勢力

「ようこそおいでくださいました、皆様」


 王城の談話室に案内された俺たちは、そこで待っていたエルから歓迎の言葉を受ける。

 しかし、言葉とは裏腹に表情はどこか浮かない様子だった


「何か問題があったのか?」

「いえ、問題というか、私の力が及ばずなのですが」


 テーブルを囲むようにして4人が座る。レイミアのメイドが紅茶を運んできて、そのまま外に出ていった。

 エルがゆっくりと呼吸をして、そして顔を上げる。


「まずは昨日の魔族及び赤竜の討伐にご尽力いただき、誠にありがとうございました。

 王家を代表してお礼を申し上げます。

 レルネー家とネメア家には、後日相応の報酬を国から与えさせていただきます」

「ありがとうございます」

「感謝いたします」


 エルの言葉にカイロスとレイミアが頭を下げる。

 二人は貴族だし、やはり国から評価を得る機会があるのはありがたいことなのだろう。そういう地道な積み重ねが後の家系の繁栄に繋がるのかは知らないけど。


「そして、ツムギ様なのですが……申し訳ございません。

 私と弓聖様から上に報告したのですが、聞き入れてもらうことができませんでした」

「つまり、俺は何も評価されず、何の報酬も貰えないってことか」

「馬鹿な!」


 声を荒げて立ち上がったのはカイロスだった。


「此度の戦闘において一番の功労者は彼だ!

 それを蔑ろにしていいはずがない」

「分かっております。ですが……」


「――妄言姫」


 エルの顔が強張る。呟いたのはレイミアだった。


「竜はともかくとして、魔族の存在までは受け入れてもらえなかったのでは?」

「……レイミア様の仰る通りです。

 竜との戦闘は学院外にまで及んだこともあり、話を通すのは簡単でした。

 しかし魔族は証拠になるようなものがなく、存在を認めてもらうことができませんでした」

「それで彼が評価されない理由にはならない! 馬鹿げている」

「カイロス、それは」


 つまりだ。


「俺が勇者候補で、エルの手駒だから、上の連中は認めたくないってことだろ?」

「ツムギ様……残念ながら、その通りです」


 魔族の存在を提唱しているのはエルだ。

 そのために勇者候補として俺やクラスメイトを召喚している。

 そのことについては王城にいる連中も知っているだろう。


 そして今回、ドラゴンが学院で暴れた。その事実は王国も認めなければならない。

 だか魔族は違う。それを認めてしまえば、エルの妄言が真実になってしまう。今までエルを蔑ろにしていた派閥が困るだろう。だから証拠のない魔族の存在を認めないし、それを倒したという勇者候補の功績も認められない。


 そうしなければエルの力が大きくなってしまうから。

 エルは妄言姫と言われているみたいだが、王都での様子を見ている限り、騎士団や魔法師団、さらに学院で勢力を整えている。それはエルの人柄が成せたものだろう。

 妄言勢力は王都でも侮れない存在のはずだ。他の連中がその足を引っ張ろうとするのも無理はない。


 どの国の中でも派閥争いはあるもんだ。


「赤竜に関しても、我々貴族では太刀打ちできなかった。すべて彼とその奴隷のおかげだ! それを伝えればいいのではないですか!?」

「それはダメだ」


 口を挟む。


「どうしてだ」

「ドラゴンを倒したのが俺と言い続ければ、国の連中は何かしら調査を始めるだろう。

 そうすれば自然とオウカ……妖狐族の存在も伝わってしまう」

「はい、さらに言えば、魔族の存在を出したのは、一か月前の生徒殺人事件を魔族のせいにして、真犯人を隠したいのではないかと疑われております」

「彼が生徒を殺したと!? ふざけている!」

「私の力が弱いばかりに申し訳ございません。

 最終的に竜を倒したのはお二人と弓聖様ということにするしか、ツムギ様を守る術が無くなってしまったのです」


 功績を残そうとしたのが裏目に出たわけだ。

 エルとしても今回の結果はものにしたかったのだろう。

 焦りが下準備を怠らせたな。


「ですが、私個人として、ツムギ様に便宜を図れるよう尽力いたします」

「なら王族が抱えている、この世界や邪視に関わる資料を見せてもらえないか」

「資料、ですか?」

「今回の件で妖狐族が邪視に関わりがあることを俺も認識した。だが図書館などの資料では情報が曖昧過ぎる。

 国が隠す様な、重要な資料で確実な情報を得たい」

「ですが……国の機密資料となりますと、私自身にも権限が与えられていないものがありまして……」


 第三王女であるエルでは奥にまでは入れないか。

 昨日功績をいらんと言ったのがまずかったな。貰えるものは貰うべきだった。


「なら、いい方法がある」


 レイミアが紅茶を口にしてから、僅かに笑みを浮かべる。


「我がレルネー家やネメア家は、魔法の研究として国の資料を閲覧する権利を与えられている。

 ツムギくんの調べたいことを研究として仕立て上げれば、堂々と読み漁ることもできよう」

「しかし、ツムギ様は貴族ではありませんし、今回のように功績が認められない以上、貴族の位を与えることも」

「エル王女、あるではありませんか。簡単に貴族になる方法が」


 レイミアはティーカップを戻すと、俺の方を見て口角を上げる。

 明らかに悪いことを考えている顔だ。


「ツムギくん、私の旦那様にならないかい?」

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