第213話 俺とオウカの問題

 宿屋の一階にある食堂。

 その隅で、目の前のシオンが顔を伏せていた。

 朝食を取りに来た訳だが、別にお腹を空かしすぎてそうなっているわけではない。

 彼女にもあいつを会わせたのだ。隠しきれることでもないし、隠す理由もない。


「ごめんなさい」


 ようやく顔をあげたかと思えば、一言目がそれであった。


「どうしてお前が謝る必要がある」

「だって……全部、あたしのせいじゃない」


 シオンの肩に力が入る。何かを堪えようとしているようだが、それは目尻からポロポロと溢れ出していた。


「あいつの記憶喪失は邪視が原因だ。お前が気にすることじゃない」

「あの力は、初めてドラゴンと戦った時に使ったのよ。

 あたしはそれをオウカちゃんと一緒に隠した」


 やはり、内緒事にしていたのはそれか。

 ベリルとの邂逅でよく生き残れたと思っていたが、あの時点で邪視を使っていた。

 しかし、ならばその時に記憶を失うはずだ。


「まだ、なにか条件があるか。それとも、力の使いすぎか」

「私があの姿を見た時は、尻尾は四つまで増えたわ。それでも勝てなかった」


 だから学院ではいきなり四尾だったのか。

 尾を増やすほど力を増す能力か。

 元の世界の知識を頼りにすれば、九尾までは増えそうだが。

 しかし今回は七尾でオウカ自身に限界か来たのだろうか。

 そして、使いすぎた力の代償が生じた、と。


「あたしが……一緒に学院に行こうって言わなければ。

 二人はまだソリーにいて、こんなことにだって」

「行くのを決めたのは俺だ。シオンが背負うものなんて何もない」


 何一つ背負う必要なんてない。

 これは俺とオウカの問題だ。


「お食事中すまない」

「カイロスか」


 シオンが泣き止むのを待っていると、魔法師団団長のカイロスが食堂に入ってきて俺たちの前に立った。


「昨日の今日ですまないが、王女様が貴様と貴様の奴隷を呼んでいる。

 僕と一緒に王城まで来てもらおうか」

「……あいつはまだ体調が悪い。行くのは俺だけでいいか?」

「そういうことなら構わないだろう。主である貴様が来ないとなれば問題だが」

「ならすぐ行こう」


 俺は立ち上がり、シオンの頭を軽くなでた。


「少し王城に行ってくる。あいつのこと頼んだぞ」

「……ツムギ、なんで」

「頼んだぞ」


 答えたくない疑問を無理やり言わせず、カイロスと一緒に食堂を出る。

 宿屋の入り口に止められた馬車に乗り込むと、生徒会長とそのメイドが座っていた。


「やあツムギくん、昨日ぶりだね」

「お前も、何も問題なさそうだな」

「いや、君の不思議なアビリティのおかげで大変だよ」


 生徒会長が肩に流した花紺青の三つ編みを持ち上げる。

 首に刻まれたキズナリストは0だ。


「まさか生徒全員のキズナリストがリセットされるとは思わなかった」

「……何を言っている? 俺は問題なさそうだと言ったぞ?」


 答えると、僅かだが生徒会長の顔が強張った。


「……まさか、君はそこまで知り得たのかい?」

「自分でそれが分かっているなら.、まあ言い訳は後で聞いてやるよ」


 そう言いながら空いた席につく。


「ん? 何の話だ?」

「ネメア家には関わりのない話だ」


 カイロスが首を傾げる。

 お家の争いなんてものがあるか知らないが、三大魔法師なんて言い合ってる貴族だ。安易に情報を流すこともないだろう。

 実際、ネメア家には関係のないことだ。


 ただ単に、レイミアのキズナリストは元々0だったというだけ。

 彼女の名前に、レルネーとついていなかったというだけ。

 この件は、いまそれほど重要ではないのだから、俺が首を突っ込むことではない。

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