第211話 俺の隣にいてくれ

 やはりダアトは火炎弾も使えた。

 いや、使えるようになったというべきか。ベリルの竜の心臓を食べていたから俺と同じようなことはできるんじゃないかと思っていた。


 炎が消え、その場にライムサイザーの姿はない。

 想像通り蒸発でもなんでもしていてくれればいいのだが。


『主殿よ、これにて命を果たせたか?』


 上からダンディな声が聞こえてきた。


「ダアト、喋れたのか」

『ベリルの心臓を喰らいました故、失われていた龍の叡智と力をいくらか取り戻せました』


 竜を喰って竜の力を得る。なるほど、竜喰らいと呼ばれるに相応しい。

 ベリルが尻尾を巻いて逃げ出したのも頷ける。


『主殿よ、空も晴れました故、星の導きも間もなく途絶えます。

 今のうちに、我輩を支配下に』

「……ああ」


 一瞬なんのことかと思ったが、そういえば絆喰らいも力を得る能力があったな。

 俺はダアトの方を向くと、親指を軽く噛み切って、血を左手の甲に引く。そしてその手を前に出す。

 ダアトが俺の前で犬のように座る。


「また必要があれば呼ぶ」

『主殿の命のままに』

「我が下に名を連ねよ。

 アビリティ――絆喰らい-虚飾ヘレル-」


 血が赤黒い光を発すると、そこから影が現れる。

 白い牙を生やしたそれは一瞬にしてダアトを闇の中に飲み込むと、俺の手へと戻って消えた。


 と、今度は右腕の数字に赤い稲妻が奔る。これはキズナリストを切る時に起こる現象と同じだ。

 手の甲に刻まれていた480が消えると、黒かった腕の色も元の肌色に戻っていく。

 どっと圧迫感が心臓に圧し掛かった。大きな穴を無理やり開けられた気分だ。


 胸元を手で抑えながら辺りを見るが、どの生徒も首元の数字が戻っていない。本当に食べて終わりらしい。

 そんな生徒達は怯えたような、戸惑ったような様子で俺のことを見ていた。


「ツムギ様」


 観客席から降りてきたのは、エルだった。


「竜と魔族……どちらも倒されたということでよろしいですか?」

「ああ」

「皆様の命を守って下さり、ありがとうございます」


 エルが頭を下げる。

 それを見てか、生徒達から安堵と涙の入り混じった声が沸き上がった。


「今日出来事はこのエル・ハーニガルバットが確かに証明いたします。

 この功績は国にも伝え、然るべき栄誉を」

「いらん」


 俺はとある方向を向いて歩き出す。

 それはおじさんに抱えられたオウカのところだ。


「ぼっち……今のお前には渡せねえぞ」

「どういうことだ」


 おじさんが俺のことを睨みつけてきた。


「お前、ドラゴンと戦うとき、生徒の危険を考えなかっただろ。

 それに、あんなに頑張った嬢ちゃんを物みたいに投げ飛ばして……いくら自分の奴隷だからってな、労わる心くらい」

「弓聖様、それは違います」


 エルが口を挟む。


「ツムギ様は自身の力を使って健闘してくださいました。

 あの場面ではどんな影響があろうとも攻撃をする必要があった……それはオウカ様を守るためでもあります。

 それに、弓聖様が守ってくださると信頼しての行動ではなかったのでしょうか?」

「で、でもよ、守るもんを投げ飛ばすってのは」

「とにかく危険から離したかった、咄嗟の行動であれは致し方ないと思います」

「そ、そうか……?」


 そうですわよね? と言いたげな視線を向けてくるエル。私はあなたのことならなんでもわかりますよと。

 そんなこと考えてもいなかったんだが。


「それに、いつまでも女の子の肌をおじさまに晒すわけにはいかないかと」

「お、おじ……」


 オウカのパーカーは裂け、学院で支給されたプリーツスカートも脱ぎ捨てている。そんな少女を中年のおじさんが抱えているというのは、如何わしさがあったりなかったり。ないわ。

 とりあえず、おじさんから半ば無理矢理オウカを取り上げて両腕で抱きかかえる。

 呼吸は乱れてないし、ひとまずは目を覚ますまでそっとしておくのがいいだろう。


「それじゃあ、後は任せたぞ」

「お、おいぼっち」

「あ、待ってツムギ!」


 俺が扉に向かって歩き出すと、シオンが観客席から飛び出してついてくる。


「オウカちゃんは、大丈夫なの?」

「ああ……ここにいる方がよっぽど体に障る」


 観客席から向けられた目。

 それは俺に対してか、オウカに対してか。

 どちらにしても、それはもう、人類に向けるのとは違うものだった。


***


 宿屋に戻り、どれくらい時間が経っただろうか。

 シオンには今晩は一人で寝てくれと頼み、別の部屋に行ってもらった。

 抱えてきたオウカをベッドに寝かせて、俺は椅子に座ってじっとしていた。

 疲れが溜まっていたのだろうか。眠ることはなくても、頭が働かない。

 とりあえず、オウカの汚れたパーカを脱がし、代わりの服がオウカのアイテムボックス内だと気付いて、下着一枚のまま毛布だけ増やした。

 自分だけでも水を浴びようかと思ったが、身体が浴室に向いてくれない。

 どうせオウカが目を覚ませば「まずお風呂に入ってください!」と言われるだろう。それからでもいいさ。


 背中に僅かながら温もりを感じる。


「朝か……」


 帰りは旅の終刻頃だっただろうか。夕焼けを見たような気がする。

 まあ、時間なんてどうでもいい。

 立ち上がり、窓際から外を眺める。

 何人かの男が店を開く準備をしていたり、冒険者らしき数名が王都の正門に向かって歩んでいくのが見えた。


 一応、昨日のベリルとの戦闘は王都の住民に見られていたと思うのだが。

 それでも変わらず日常が始まるのだから、人類っていうのはどの世界でも変わらないな。




「あの……」


 後ろから声がして振り返る。


 ベッドで身体を起こしたオウカが、葡萄色の瞳をこちらに向けていた。


「……」


 言葉が出ず、ただ歩みより、その小さな身体を抱きしめた。


「ひゃ、え、あの」

「ごめん。俺が悪かったんだ、ごめん」


 言おうとしていたことがあったはずだが、思い出せない。

 やはり水浴びしておけばよかったとだけ、ふと思う。

 だが、それよりも先に謝らないといけない。


「お前が俺の隣にいたいって、そう思っていてくれたのに。

 俺は守ることばかりで、一緒になんてこれっぽっちも思わなくて。

 この世界に来てから、ずっと一人だったからさ、誰かを頼ったり頼られたりってのが思いつかなかったんだ。

 オウカは弱くて、守らなきゃって、ずっと思い込んでて。

 でもオウカは頑張ってくれてたんだな。俺は何も見ていなかったんだな。

 これからは、ずっと、見ていたいから。

 だから――」


 改めて言おう。

 俺の隣にいてくれと。


 オウカと視線を交わす。

 彼女は戸惑った表情で俺を見ていた。


「あの、申し訳ございません、

「……ご?」



『でも、私は思うんです。ちょっとくらい、失ってもいいじゃないですか。

 大切な人を、大好きな人を守れるなら。

 何か欠けても、守ったもので埋められますよ』







「私は誰でしょうか?」

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