第210話 そんな感情は必要ない

 ダアトに乗ったまま会場に戻ると、


「ベリルは死んだか。

 わざわざ持ち上げてやったのに、使えねえな」


 俺がダアトから降りると、結果を察したライムサイザーが床に唾を吐き捨てた。


「そういえば、まだお前が残っていたな」

「殺せるか? 不死身の俺様を」


 それに、と付け加えて、奴は倒れていた生徒会長の首を掴んで持ち上げる。


「安易に攻撃しようものなら、こいつも巻き込まれるぜ?」

「ツムギ、くん……私はいいから、奴を」

「わかっている」


 右手を上げる。

 ダアトが口を開き火炎弾を形成し始めた。


「は! やはり化け物だな! 犠牲に躊躇いがないか!」

「そんな感情は必要ない」


 それに、と俺は付け加える。


「お前、もうぼっちだぞ?」

「は? あぁ!?」


 ライムサイザーの手から生徒会長が消えていた。


「ライムサイザー、お前をいくら刻もうとも元に戻ることは承知だ。

 その為にあいつが調べて、いくつか対策を練ってくれている」


 俺が指さす方にいるのは、魔法師団団長カイロス。

 そして、彼の腕には生徒会長が抱えられていた。


「ネメア家は空間魔法では最上位なんでね……座標を利用して、貴様から生徒会長を奪還するくらいは余裕さ」

「うっぜえなくそ人類! 今まで倒せもしなかったくせに、仲間取り返しただけでドヤ顔ですかあ!? レベルの低い芸当だな!」

「何言ってるんだライムサイザー。

 お前を倒すのは簡単だぞ」

「あぁ!? そのドラゴンを使ってか!? 噛まれたって俺様は死なねえぞ!」


 俺に対して敵意むき出しの表情を向けてくる。

 やはり竜は奴の活動には重要だったのだろう。余裕がどんどんなくなっている。


「ドラゴンは魔物の頂点。俺たちにとっては脅威でしかない。だから何としてでも竜だけは潰したかった。

 対してライムサイザー、お前はスライムだ。この世界じゃドラゴンと真逆の最弱。

 その程度の敵、後回しでいいだろ」

「だーかーらああ!  俺様を魔物と一緒にするんじゃねえ!」


 ライムサイザーの腕が伸びて俺に襲いかかってくる。

 だが、それは眼前で炎に巻かれて消えた。

 俺の後ろにいたダアトが準備していた火炎弾を放ったのだ。


「生徒会長がもう一度だけ剣を試したいというから、足止めついでに任せていただけだ。まあ思ったよりお前が頑張って、オウカまで捕らえるとは思わなかったが」


 再度、俺が右手を上げる。ダアトが火炎弾を溜め込む。


「水は100℃が沸点だが。

 さて、お前はどれくらい温めたら、蒸発するのかな」

「はっ! そんなの――」


 逃げようとするライムサイザーの動きが止まる。

 その足元には俺の影が絡みついていた。


「これかぁ! これがお前の力か! 捕食者!!」

「自分が喰われる側だってわかってるじゃねえか」


 ライムサイザーは足を捕らわれたまま、両腕を大きく広げて天を仰ぐ。


「聞いてますか、オールゼロ樣!

 見えてますか、オールゼロ樣!

 妖狐はいた、そして喰らう側の化け物も!

 コマは揃っている!

 物語はついに幕を開くところまで来ている!」


 何を言い出すかと思えば。

 そういえば、アンセロの時もオールゼロが出てきた。

 やはり魔族を介してこちらの情報を手に入れているのだろう。

 その叫び方からして、魔族の意思でオールゼロには語りかけられないみたいだが……。


「まあ、サービスするのも癪だ。消えてもらおう」


 腕を下すと火炎弾が放たれた。

 だが、ライムサイザーはさらに叫ぶ。


「人類よ! お前たちが見てるその目の前の男こそが本当の化け物だ!

 敵を見誤るなよ!

 お前も! すべて失う悲しみを味わ――」


 ライムサイザーが炎の中に消える。


「言っただろ。

 そんな感情は必要ない」


 俺に必要なのは――。

 死んでいく心に僅か残った、オウカへの想いだけだ。

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