第208話 竜喰らいの竜

 迫りくる黒い球が――眼前で消滅する。

 竜の眼が細くなる。


「なぜ、といった顔だな、トカゲの顔でも伝わってくるぜ」

『ん、まあ、それは竜のみに与えられた魔法だぞ』


 俺の目の前に現れたのは、次元の裂け目。

 竜が自身のアビリティである「竜刻世界」と勘違いするのも仕方ないだろう。

 人類でも、そこで眺めているだけのネメア家しか使えないというのだから。


「ならば、己が特別でないことを、己が無知であることを知るがいい」


 左腕を掲げる。嵌められているのは銀の腕輪。

 エルから貰った次元召喚の魔道具。


「我が魔力を以て次元の狭間より顕現せよ」


 裂け目が広がり、白い腕が現れる。

 それが境界線を掴み、さらに押し広げ顔を覗かせた。


 白竜。

 一つ目の白竜が現れた。

 赤い唇から牙を覗かせ、蠢いていた視線が竜に集中する。


『KRRRRRRRRRRRRRRRRR!!』


 不快な泣き声が耳を劈き、会場に反響する。


『……ふざけるなよ』


 呟いたのは赤竜だった。


『11番目が、どうしてここにいる!

 竜喰らいの竜――ダアト!』


◆ダアト


「その焦り様、どうやらお前にも苦手なものがあるらしい」

『下等生物が!』


 赤竜が火炎弾を放つ。

 しかし、ダアトの腕で振り払われる。


『KRRRRR!』


 まるでおもちゃを見つけた赤子のように、歓喜の声を上げる竜喰らい。

 赤竜と同じくらい大きな全身が次元から飛び出し、白い翼を広げて飛ぶ。

 その身体は両生類を思わせるてかりのある皮で覆われ、傍から見れば竜などとは呼び難い爬虫類の化け物だ。

 顔の中心に一つしかない目をぎろりと動かして、赤竜へと突っ込んでいく。


『くっ!』

「ダアト!」


 赤竜が逃げるようにしてさらに上空へと飛び、追いかけようとするダアトに俺は叫んでから地を蹴り上げる。

 ダアトの背中に乗り、両手足に魔力を集中させ白い皮膚に密着させた。

 ダアトが翼をはためかせ会場を飛び出す。


 王都を真下に赤竜と白竜が駆けていく。


『ベリルは……喰われるわけには、いかない』


 太陽に向かって飛んでいた赤竜が翼を止め、こちらに向き直る。

 逃げるのを止めるらしい。

 ダアトも停止飛行をし、俺は肩に移る。


『下等生物、お前、厄災、持ちこんだ』

「それは世界にとってか? それとも、お前にとってか?」

『どちらにしても、この先、未来はない。

 ならば、ここで、滅ぶのが、運命さだめと知れ』


 太陽に重なるように、黒い魔法陣が現れる。


「生きるか死ぬかの二択は同意見だが、それが子を成すか世界を滅ぼすかとは、竜も稚拙だな」

『黙れ下等!』


 魔法陣が黒く染まり、まるで皆既日食のように太陽を覆い、世界が一瞬にして夜になった。

 煌めく星々の下で、赤竜の全身が赫焉の焔に包まれる。


『古雅呪いは晦冥かいめいを欲し、生き接ぎの竜は新天地を欲し。

 深淵の蛇は静寂を欲し、時駆けの巫女は永遠えいえん無響むきょうを欲す。

 言葉は闇の奥へ、翼は風の中へ、命は無我の底へ。

 口を閉ざせ。

 神の御言葉は滅ぼしを望む。滴一つ落ちる暇もなく。


 アビリティ――赫焉翼レアガルン


 焔が形を成し、翼へと変わっていく。


 巨大な赤翼が、王都を包んでいく。

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