第205話 隣に
「ダメだオウカ! あれはダメだ! 逃げろ!」
直感が俺を叫ばせる。
だが、オウカは耳を傾けなかった。
いや、もう聞こえていないと言った様子だ。
「止めて見せます。
もう、ひとっ……あがッ!?」
オウカの背中に尾がもう一つ現れ――霧散した。
そして顔の青い痣が光を帯び、オウカの皮膚を侵食し始めた。
「そんな、だってまだ!
お願い、もう少しだけ、私に力を貸して!」
オウカが膝をつき、痣の侵食を止めたいのか顔を何度も擦る。
「守るの! 守りたいの!
私ができる唯一のことなの!」
泣きそうな声で肩を震わせながら叫ぶ。
まさか、邪視の力に限界が来たのか。
「っ!? オウカ!」
「ぁ……」
異変に気づいた俺が声を荒らげると、オウカがやっとこちらを見た。
涙を溜め込んだ青い瞳。
そんな彼女に、黒い玉が迫っていた。
助ける。
そう思っても、身体はライムサイザーに拘束されたままだ。
「離せえええええライムサイザアアアア!」
「するわけないでしょお!」
だが、目の前を何かが走り、同時に身体が傾く。
「あぁ!?」
「レイミア!?」
「行け、ツムギくん」
気絶していたはずの生徒会長が剣を振るってライムサイザーの腕を切ったのだ。
俺を締め付けていたスライムに力がなくなる。
俺はそれを引き剥がして駆け出した。
「オウカ!」
「ツムギ様!」
俺が手を伸ばす。
しかしオウカは伸ばしてくれない。
「来ちゃダメです!」
んなこと知るか!
俺がお前を、守るんだ。
だが、届かない、間に合わない。
自分だけ時間がゆっくり流れているような感覚に襲われる。
頼む、応えてくれ。
俺の、俺だけのアビリティ。
「絆喰――」
心の空洞。
埋まらない空虚に、何も気配を感じない。
アビリティが、
絆喰らいが、
応えてくれない。
『絆喰らいはすべてを喰らう。そこに感情なんてものは必要ない』
守るためには、守りたいものへの想いも捨てろというのか。
目の前でオウカと黒い玉が接触し、爆風に襲われる。
「くっ、オウカ、オウカあああああ!」
吹き飛ばされないように身体を伏せ、そのまま前へ進もうとする。
風が止み、細めていた視界を大きくして。
絶句した。
巨大なクレーターが目の前に出来ていた。
「え、あ……」
揺れる視界のなかでオウカを捉えた。
立ち上がり、クレーターを降りてオウカへと駆け寄る。
「あ、お、オウ、カ」
オウカの身体が半分ない。
どこに、どこに消えた。
どこかに落ちてないか。
助けないと。俺が守らないと。
「……ぁ」
微かに、声が。
オウカの声が聞こえた。
「かいふく、まほぅ」
オウカの全身が緑色の光に包まれると、なくなっていた肉体が徐々に戻っていく。
瞳は紫色に戻り、顔のあざもない。尾も一つに戻っている。
生きてる。ちゃんと生きてる。
「オウカ!」
俺はその小さな身体を抱きしめた。
傷はほとんど残っていない。オウカが回復魔法をすぐに使ったおかげだろう。
「ツムギ様……ごめんなさい、倒しきれませんでした」
「いいんだよそんなことは」
「最後、ツムギ様の真似をして魔力の膜を作ったんですけどね……。
上手くできませんでした」
「十分出来てたよ。今生きてるじゃねえか」
「ツムギ様の身体が温かい、ですね……。
すみません、もう、身体が動かなくて。
ツムギ様の隣に立ちたいって、思ってたのに」
「大丈夫だ。お前は俺の隣に、いや、俺の隣にいてくれ」
「えへへ……告白、ですかね。
でも、ごめんなさい、返事は、少し眠ったあ、と、に」
オウカの身体から力が抜けた。
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