第198話 足りない

「くそっ!」


 黒夢騎士が通用しないなら、勝てる手段は……なくね!?


「ん、まあ、死なない程度に」


 ベリルから火炎弾が放たれ――早いっ!

 避けられないと本能が悟り、咄嗟に腕をクロスさせ顔を守る。


「があああああぁぁああ!?」


 直撃した火炎弾で身体が吹き飛ぶ。腕は皮膚が爛れ、骨が露出していた。


「ぼっち!」


 おじさんが光の矢を俺に向けて放った。

 それが目の前で弾けると、たちまち腕が元に戻っていく。おじさんのアビリティには回復系統もあるらしい。


「弓聖様、後ろ!」


 カイロスが叫んだ。おじさんの後ろには既にベリルがいた。


「がぁっ!?」


 頭を殴られたおじさんが遠くへ飛ばされる。


「空間ま」

「ん」


 カイロスが魔法を発動する前に、ベリルが跳ぶ。

 そのままカイロスの腹部に膝をねじ込んだ。


「あ、がっ」


 カイロスがその場に倒れ込む。


 ドラゴン強すぎる……。ステータスの差がこれほど響くとは。

 今までは極端なレベル差がなかったり、アビリティでなんとか凌いできただけということか。


 絆喰らいは……まだ発動できない。

 条件は心を殺すこと。

 これがもたらす俺への影響は様々だろう。

 最悪は……無差別に他者を殺しだすかもしれない。

 感情が無くなった先に、喰らうだけの本能しか残らないなら、可能性としてあり得る。

 

 そして、それを俺が受け入れたとして、絆喰らい自体が受け入れてくれるか分からない。

 奴が常時発動許可してるならもうとっくに発動出来ていてもおかしくない。

 しかし、発動できるという感覚がまだ来ない。それは俺の中の絆喰らいの意思がまだだと言っているということだ。


 まだ、足りないのか。


「はーっはっは! 終わったみたいですねえ!」


 突如として笑い声が響く。

 見れば、生徒会長が倒れており、その頭の上に足を乗せたライムサイザーの姿があった。

 片手が液状に伸びており、その先には首元を掴まれたオウカがいた。


「オウカ!?」

「やっと捕えたぞ妖狐族!

 あのくそ道化師が連れ去ってからどうしたものかと思っていたが、こうなってしまえばこっちのもの!

 さあ、どう殺してやろうか! どちらにしても死んでしまえばオールゼロ様が喜ばれる!」


 オールゼロ……あいつがオウカを探していたのか?

 しかしオウカを連れていたのは魔族であるアンセロだったはずだ。あいつが単独で動いていたのか? しかしオールゼロは魔族を介して俺たちに語り掛けてきている。各魔族の行動を把握できるんじゃいのか?

 いや、あれも音声のみとか言っていた。もしかしたら視覚情報まで集められていないのか。だとすれば、オウカが妖狐の特徴を晒した場面は少ない。オウカが妖狐族だと知らないほうが可能性が大きい。

 って、そうじゃない。そのオウカが捕まって、魔族に正体がバレてしまった。

 考えている場合ではない。行動に出ろ!


 俺はすかさずオウカの元へ駆ける――が、


「させるわけないだろ!」


 ライムサイザーの腕が伸びてきて、俺の四肢を掴んだ。

 そのまま、オウカと同じように持ち上げられる。

 抜け出せない。ステータスと力が一致してねえよ! なんだこのスライムは!?


「そうだな、折角だからお前はそこで見ているといい。

 自分の奴隷が殺される光景をなあ!」

「ライムサイザー……!」


 ライムサイザーの言葉に、怒りが込み上げてきた。

 珍しく感情が沸いてきたと、頭の片隅で冷静に捉える自分もいた。


「ん、まあ、ちょっとまて」


 ベリルが口を挟んで歩み寄ってくる。


「ん、まあ、ベリル、そいつ孕ませる。

 殺すのは、その後だ」

「は? え、まあいいですけど……捕えてさえいればこっちのものだし。

 そうだ! 折角だから全員に見てもらいましょうぜ兄貴!

 ドラゴンと妖狐族の子作り!

 いやあ、どんなハーフが生まれるか見ものですね!

 ああ、そのまえにこの薄汚い妖狐族が壊れちゃうかもしれないけど、それもまた一興。

 いいなあ、痛みと恐怖で泣き叫んでいく青い瞳。見たいなあ。なんであいつ目が黒いの?」


 くそスライム野郎が下卑た笑みを浮かべている。もうあいつ殺そう。なんで動けないんだ。ステータスなのか、あいつの能力なのか。

 何か、何かないのか。


 左腕に銀の腕輪が見えた。次元召喚の腕輪だ。

 これで、以前召喚した謎の化け物が呼べれば……例のアストロコードを使えるなら勝てるんじゃないのか?

 いや、召喚には大量のMPが必要だ。ステータスが元に戻った今の俺では無理だ。

 それ以前に、精霊魔法を使った時点でMP自体ほとんど残っていない。


 考えを巡らせていると、ベリルの殺気を感じた。

 奴がこちらをじっと見て、そして口を開く。 


「ん、まあ、知るといい。己が足りない故に、己が女を凌辱される悲しみを」

「ベリル……お前、エレミアとかいうドラゴン取られたからって、仕返ししたいだけだろ」


 精一杯の嫌味を投げかけると、耳元が熱を持った。

 痛みが顔全体を襲う。火炎弾が片耳を焼いたのだ。


「ああああぁっぁああああ!!!??」

「ん、まあ、黙ってみてろ。下等生物」


 ベリルが獲物を狩るような眼で俺を睨んでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る