第192話 観客席

 この世界の魔法攻撃は感知が可能だ。

 それは魔法がというより、魔力の変化によるところがある。

 殆どの魔法は空気中の魔力と体内の魔力を変化させることによって生み出される。

 この変化を感じ取ることで、相手の攻撃を察知できるのだ。


 しかし、クロノスが使用した天級魔法はその域ではない。


 全身に水魔法をかけて火を消す。


「そんな暇はないぞ!」


 クロノスが叫んで杖を振る。

 瞬間、足元が爆発して吹き飛ばされる。


 やはり、空間魔法の攻撃を予測することが出来ない。

 魔力の変化が読み取れないのだ。

 推測だが、体内の発動から体外への影響を別空間で行っているのではないだろうか。

 結果だけがこの空間に発現する。だから気付けるのは既に受ける時だけ。


「燃えろッ!」


 全身が炎に覆われる。

 観客席からは悲鳴が漏れた。


「……」


 クロノスは訝しげな表情でこちらを見てくる。


 これはさすがにバレたかな?


「空間魔法――2383デネボラ


 正面に突如として表れた炎の獅子。

 それが、俺の腹部を通過した。

 ローブも、その中にあったものもすべて燃える。


「……ふざけるなよ」


 クロノスが唇を噛んだ。

 カランと軽い何かの落ちた音が会場内に響き渡る。


 俺のいた場所には、灰になったローブと、仮面。


「おおっと!? これはどういうことだ?

 燃やされたツムギ選手から仮面だけが出てきました!」


 その仮面はシオンを誘拐した魔道具の仮面だ。

 生徒達がざわめく様子を、俺は観客席で認識阻害のローブを纏って眺めていた。


「お戯れが過ぎましたね、ツムギ様」


 俺の隣でエルが呟く。


「気付いてたのか」

「ええ、私からすれば、認識阻害のローブなんてつけて彼女たちの隣にいるのは、逆に教えているようなものですよ」


 綺麗な顔がニコリと笑う。


「貴様」


 クロノスが俺のいる場所を見上げる。


「つまり、いままで魔道具だけで戦っていたというわけか」

「丁度、拾い物があったんでな、そういうことだ」


 ローブを脱ぎ去る。

 今の今まで試合に出ていたのは魔道具で、俺は観客席で魔力を使って操っていたのだ。


 そこへ、


「卑怯だぞ!」

「正々堂々と戦え!」


 観客席からそんな声が聞こえ始めた。

 数人の声は次第に周りへと広がるように大きくなる。


「正面から戦えないのか」

「これだからGクラスは」

「これまで勝てたのも汚い手段のせいだ!」



「おやめなさい」


 エルの声が響いた。

 まるで時が止まったかのように周りが静かになる。


「この試合は剣舞を見せるものでも、魔法をお披露目する場でもございません。

 実力を見せる、それだけのものです。

 ツムギ様は冒険者をされてきたと聞いております。彼の戦い方はそこで身に着いた、生と死を定める戦い方でしょう。

 いかに自身の身を安全にするか、それは当然の考えであり、皆さんが非難すべきことではありません。

 文句があるなあらば、その実力を持って否定しなさい」


 お姫様よ、それは依怙贔屓ではなかろうか……?

 実際魔道具に戦わせていたのは昇格試験としてどうかと思うし。そもそも拾った魔道具を使ってみたかっただけだから、こんな戦い方も初めてだよ。


「確かに」


 声を上げたのは、意外にもクロノスだった。


「魔道具と言っても、魔力を流し込むだけではあそこまでの動きはできない。

 貴様が相当の魔力量を保有し、それをコントロールできるという実力を見せたまでだ。

 だが、僕はそれを倒した。

 ならば、次は貴様自身が闘う番だろう?」


 降りてこい、というわけだ。

 そんなわけで、会場へと降りてクロノスと向かいあう。


「さあ、準備運動はここまでだ。

 僕の実力を持って貴様を否定しよう。

 敗北の屈辱を味合わせてやる」

「……仕方ない」


 こうなったら、あっちの納得いくまで相手をしよう。

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