第189話 紡車紡希の選択

 俺は生徒会長のレイミア・レルネーと協力関係を結んだ。

 レイミアはレルネー家の次期当主だが、その家庭事情は複雑らしい。

 本来、当主になるはずだった兄がいるのだが、それが運悪く魔法師の才能に恵まれなかったとか。

 なので、次点のレイミアが選ばれたのである。


「私のキズナリストが0人については、何も言うまい。

 貴族というものはくだらない拘りが多くてね」


 エル王女もそんなことを話していた気がする。血の繋がりだとか、絆の繋がりだとか、たぶん権力的なものに関わるのだろう。キズナリストなんて簡単にかつ一方的に解除できるものだが、貴族同士だとそれも問題になるか。


 逆に全くいないというのも、やはり当主としての器が云々と言われるらしいので、レイミアは首元を長い髪で隠しているのだ。


「ツムギくんにも、誰とも結ばない、もしくは結べない理由が拘りがあるんじゃないのかい?」

「いや、俺はぼっちなだけだから」

「……」


 そんなわけで、レイミアのキズナリスト事情と、オウカの件については互いに口外しないこととなった。


「そうなると、ライムサイザーの要求はもうのめないな」

「どちらにせよ、魔族の言うことなんて最初から聞くつもりないよ。

 ありがたいことに、此度は魔法師団長も弓聖もいる。これで負けるならもうどうしようもないだろう」


 生徒会長は冷ややかに言うが、しかし相手にはドラゴンのベリルもいる。レベルが低いと言っても、1ヶ月という期間でどれだけ上がるかもわからない。


 気を引き締めていかなければなるまい。


 ***


 1ヶ月間、俺は図書館で妖狐族や魔族について調べた。

 ついでに、エル王女に話を逸らされたこの世界の構造についてもだ。

 しかし極論だらけのものが多すぎて信憑性に欠ける。やはりエル王女に直接確認するのが一番だろう。学院に向かう途中での話はうやむやにされてしまったからな。


 だが、いまは目の前の敵だ。

 そのために、毎日のようにオウカの特訓もした。


「あ、もしかして」


 竜威の特徴に気付いたオウカは、すぐに対応策を見つけ出し動きのスピードも上がった。

 今では俺が1秒間に5方向から木剣を振っても防ぎきるほど反射神経が上がっている。


「あたしにはもう動きすら見えないわ」


 と、シオンはつまらなそうな顔で見ているだけだった。


「オウカ、俺がこの1ヶ月で教えてきたのは、あくまでドラゴンの攻撃から身を守り逃げる術だ」


 言うと、オウカが悲しげな表情を浮かべる。


「私は、ベリルと戦って確かに負けました。

 でも、次は必ず――」

「だめだ」


 ピシャリと言い放つ。

 しかしオウカは納得いかないといった様子で声を荒らげた。


「ツムギ様!  私は言いました。

 強くなりたいと。任せるのはもう嫌なんです!

 だから稽古をつけてくれたんじゃないんですか!?」

「お前の気持ちも分かっているつもりだ。

 しかし、ドラゴンだけは別だ。

 あれだけは一瞬でも気を抜けば命を踏み潰される」


 俺は知っている。いまではステータスに宿っているが、ドラゴンは人類にとって脅威だ。

 クラスメイトですら、怪我なく倒すことは難しいだろう。

 ましてオウカは奴隷だ。キズナリストも使えない。


「生きることを考えろ」

「っ……」


 オウカが口を噤む。


「……どうして?」


 口を挟んだのは、シオンだった。


「どうしてツムギは、そんなにも生きることに拘るの?」

「どうしてって、そんなの……」


 言葉が、浮かばなかった。

 どうして俺は生きることに執着しているのか。


 あの時だ。王城の地下で生死を彷徨い、戦わないと生きられないと。

 違う、だからなぜ生きられないと思った。

 なぜ生きようと思ったんだ。


「……それが」


 絞り出すように、言葉を吐く。


「それが、紡車つむが紡希つむぎの選択だからだ」


 俺の答えに、シオンは悲しそうな目をしていた。

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