第182話 毛布の中で

 シオンの要望ということで、今夜は一緒に寝ることとなった。

 昨日も一緒に寝ているが、今夜はオウカがいない。今朝方に空いた部屋をシオンのためにとっていたので、そちらで周囲を警戒してもらうこととした。


 街もすっかり灯りが消え、暗い視界の中、毛布の中のシオンがゴソゴソと動く。


「ごめんなさい、こんなわがまま言って」

「いや、別にいいさ」


 シオンが両手で俺の左手を握る。

 俺は身体を横にし、空いた右手でシオンの髪を静かに撫でた。


 こうしていると、シオンがまだ子供なんだと思わされる。

 この世界は自立が早い。10も超えれば冒険者になる子も少なくはない。

 元の世界を思い出せば10歳だろうが14歳だろうが、親がまだまだ心配する歳だ。

 知らないことが多くて、不安で、一日一日が自分の世界で一杯いっぱいになる。

 俺は三年前どうだっただろうか。あまり覚えていないな。たぶんぼっちしてた。


「あたし、嬉しかったのよ」


 シオンが静かに語り出す。俺は黙って聞くことに徹した。


「ソリーではずっとパパとママがいるから、いつかは家を出て商人の勉強しようって。

 でも、やっぱ不安もあった。だからツムギたちが一緒に来てくれたことが、すごく安心したし、心強かった」


 だけど、とシオンは続ける。


「……怖かった。自分がちっぽけな存在だって。大きな世界のひと粒の砂に過ぎなかったって、思い知らされた」


 シオンの顔が俺の胸元に押し付けられる。


「あの場所で死んじゃうんだって、本気で思った。

 でも、ツムギが来てくれた。ツムギがあたしの手を握ってくれた」


 手がさらに強く握られ、シオンの頭が動く。

 夜の微かな明かりの中で、シオンの瞳と見つめあった。


「本当に、かっこよかったのよ?」

「……そうじゃない。

 俺は、ああなる前にシオンを守らないといけなかった。

 シオンにあんな思いをさせちゃいけなかった。それが守るってことだ。俺はシオンを守れなかった」

「でも、助けてくれた」

「当然だ」

「いいのよ。助けてくれたから、それでいいの」


 シオンの声が小さくなる。


「……お兄ちゃんがいたら、こんな気持ちなのかしらね」


 最後の一言がどういう意味かはわからなかった。

 ただ俺からすれば、シオンもオウカも俺より元気でいつも明るくて、まるで妹の世話をしている気分になる。


 妹か……。


 何が、できたんだろうな。


***


 あの日から数年が経った。

 現在、俺はソリーに定住して冒険者をしている。

 パーティは組んでいない。

 オウカも無事に自分を買い戻して、同族を探す旅に出た。

 俺は相変わらずぼっちだ。


「ぱぱぁ」


 足元で娘がズボンをズリ下ろそうとしてくるので、その小さな身体を持ち上げて肩車をしてやる。

 ぼっちの俺に娘なんていただろうか。いや、いるからこうしているわけだが。


「ツムギ」


 俺の名を呼んで駆け寄ってきたのはシオンだった。

 髪の毛を三つ編みにして、眼鏡をかけている。

 数年前とは違い、いまは落ち着いた雰囲気の女性だ。

 子供がいるんだし、そうなっていくものなのだろう。


「今日もお仕事?」

「ん? ああ、たぶん」

「たぶんって……もう、ツムギはいつもボーっとしてるから」


 そう言いつつも、シオンはくすくすと笑う。

 

「ぱぱおしごとー?」

「そうよー、だから降りましょうねー」


 シオンが娘をひょいと取り上げて胸に抱く。


「ぱぱがんばってね」

「行ってらっしゃい、あなた」

「……ああ、行ってきます」


 まるで夢のような、平穏な日常がある。


 夢だった。

 目を覚ますと、隣には俺の手を握ったまま眠るシオンがいた。

 俺はシオンのお尻を握っていた。寝相が悪いのは本当だったらしい。

 いろいろと話しながら、いつの間にか寝てしまったようだ。


 いや、びっくりした。ほんとびっくりした。

 娘が生まれるようなことは一切していない。


 柔らかいお尻から手を離して起き上がる。

 同時に、部屋の扉がノックされた。


「オウカか」

「ツムギ様、お願いがあります」


 扉を開けると、オウカが真剣な表情で立っていた。


「一昨日お話されていた通り――特訓、してください」

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