第181話 初めて

 宿に戻ったところで、オウカの身体もだいぶ動くようになった。

 時間をかけて回復魔法を掛けていたのが効いたらしい。


「筋肉がこう、ピキピキしてですね」


 それたぶん筋肉痛だよ。

 普段鍛えた上なら相当無茶な動きをしたんじゃなかろうか。


 そういう話をゆっくりしたかったのだが、ほとんどの食事処は奴隷が同行できない。

 かと言って、奴隷同伴可だったパフェの店は夜までやっていないし、ギルドも少し遠い。

 仕方ないので、オウカを近くの奴隷食堂に送ったあと、俺とシオンは宿の一階にある食堂で晩御飯を取ることとした。


 隅の二人席に向かい合って座り、無言で食事を進める。なんなら進んでいるのは俺だけでシオンは手を出してすらいない。

 無言自体は気にならないのだが、話の切り出し方が分からない。これがぼっち道を歩んだ故のコミュニケーション力不足か。

 こういう時は手慣れてそうな人を想像して真似るのがいいと聞く。

 例えばおじさん。ギルドでは分け隔てなく話しかけている。つまり酒を飲めということか。この世界ってお酒何歳からなんだろう。確認したことはないけど、以前祝杯をあげた時は普通に置かれていた気がするし、結婚も二十歳までになんて言われてるくらいだから、十五歳前後で飲めるんじゃないかなと希望的観測。元の世界では二十歳になってからだぞ。なんて一人で思考を広げてるからお前ってやつはぼっちなんだよ。


「食わないのか?」

「……」


 聞くと、シオンは無言で首を横に振った。

 いつもなら、

「あの赤いのずっと全裸だったのよ! 信じられない! レディーの前で何晒してくれちゃってるの!」くらい言いそうなのだが。なんで全裸だったんだろう。


 どうやら今回は相当きてるみたいだ。特段外傷らしいものはなかったと思う。下半身がお漏らしですごいことになってたので着替えてもらった時にそれとなく確認した。しかし心的部分までは分からない。

 踏み込んで聞いていいのか不安になってきた。


「初めてだったのよ」


 と、シオンが口を開いた。


「昨日は、ツムギがすごいモンスターだして、相手のモンスターを倒してたじゃない」


 というのは、次元召喚のことだろう。


「モンスターが死ぬ、殺されるのは当然だと思ってたわ」


 空中で血ブシャアは当然でもない気がするけど。

 それでもこの世界には魔族ではなく魔物が蔓延っており、それらから人々は身も守っている。

 喰うか喰われるかの世界ではある。

 だからシオンも、そのことは弁えている。


「だけどね……人が死ぬのは、初めてだったのよ」

「……そうか」


 人の死。多かれ少なかれ、人生で通過する出来事だ。

 冒険者なら、仲間が。

 街で暮らす人なら、家族や大切な人が。

 遠いようで身近な、当たり前の出来事だ。


「目の前で、簡単に、頭を……潰されて」


 シオンの手が震えていく。

 初めて目の当たりにするものとしては悪すぎる光景だ。

 当然ベリルの仕業だろう。

 シオンを誘拐した人物が殺されたか。


「あたしも、殺されるって……14年、生きてきたはずなのに。

 それが息一つも終わらない時間で終わるって」


 誇張表現が過ぎるとは思うが、本人がそう思ってしまうほど、竜という存在は恐ろしかったのだろう。


「いまも、肌に血の温度がある気がして、気持ち悪いの。

 ねぇツムギ、冒険者って、みんなこんな気持ちを背負いながら生活してるの?」

「……お前は初めてのことで刺激が強すぎただけだ。

 誰も死ぬなんてことは考えてねえよ。

 みんな、生きたいから危ない仕事をしてるだけだ。死にたくてやってるやつはいない」


 少なくとも、俺が今まで見てきた冒険者たちは、生きようとしていた。

 誰も死にたいなんて思っていなかった。

 目の前で大事な人が死んで、苦しんだり悲しんだりする場面もあったが。

 それでも生きていた。


「……あたしには到底無理だわ。パパと一緒に森に入ったりしたけど、あれは守られていたのね」


 シオンの腕がゆっくりと上がり、テーブルの上に乗せていた俺の腕のパーカの袖を掴む。

 そして、小さな顔を上げて俺を見つめてきた。


「ツムギは、あたしを守ってくれる……?」

「……少なくとも、護衛任務を続けている限りはな」


 今回は失敗した。

 それがシオンの不安を煽ってしまったのかもしれない。

 俺にも責任があるのだ。


「お願い……今日は、ずっと一緒にいて」


 息のように吐かれた小さな願いに、俺は何も言わず。

 握っていたスプーンをテーブルに置いて、縋るような小さな手に自分の手を添えるだけにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る