第180話 人の女

「ん、まあ、11番目じゃないなら」


 ベリルが鼻を動かす。


「匂い、これは……エレミア、か」


 確認するように、ベリルが俺を見る。

 返す言葉はない。肯定しても否定しても意味がない。しかし、沈黙は肯定となってしまうか。


「ん、まあ、お前、人の女、取ったな?」


 ドラゴンに性別ってあったのか。絆喰らいで喰らった竜はメスだったらしい。

 しかし、匂いでわかるものなのか。末恐ろしいな。


「ツ、ツムギ。あの男、俺のものになれとか、乙女の恥じらいを啜るとか、

 あ、あと、エレミアっていう人を孕ませたとか、そんなこと言ってたわ」


 随分と色好みなようで。

 シオンの顎に傷が入っているのは、ベリルの長い爪に触られたからか。

 ドラゴンがドラゴン孕ませるってのは、まあ理解できるとして。人間も?


「どうやらお前も、人の女に手を出そうとしたらしいな」

「ん、まあ、いい女は、全部ベリルのもの」

「そうかよ……」


 たぶん話通じないなこれ。


「それで? 自分のものにするってなら、この状況どうするんだ?」

「ん、まあ、殺すよ?」


 俺が問うと、ベリルは当然と言った様子で答える。

 そしてベリルの後ろに白い空間が生まれた。

 あれは……竜刻世界か? まだ使ったことないアビリティだ。


「いずれ」


 ベリルが後退して白い空間に入る。

 そしてそのまま、縫い付けるように白い空間が閉じられた。


「……あれ? 逃げられた?」


 うそ、ちょっと待って。

 このタイミングで逃げられると思ってなかった。

 結構煽ったから何かしら仕掛けてくると思ったのに。


「ツムギ……もう、大丈夫なの?」

「たぶん」


 シオンが震えた手で俺の腕に抱きつく。

 一応、周囲は警戒しつつシオンを立ち上がらせ、二人でオウカの元へ駆け寄る。


「オウカ、大丈夫か」

「うう……申し訳ございません。

 身体が動かないです」

「お前一体どんな戦い方したんだ……」


 切れている擬人化の魔法を再度かけてからオウカを拾い上げ、シオンとは逆側の肩に担ぐ。


「とりあえず戻るか……」


 脅威が去ったわけではないから、なんともすっきりしない終わり方だ。


***


 道中でカイロスの乗った馬車に拾って貰い、急いで学院へと戻る。

 生徒会長と別れた場所に向かうと、壁には大量の切り傷や水飛沫の後。

 そして、俺たちを待っていたかのように生徒会長とメイドが立っていた。


「どうやら目的は果たせたようだね」

「任せてすまなかった。

 それで、あのスライムはどうした?」

「残念だが逃げられたよ。

 駒が逃げたとか言っていたね」

「駒か……」


 たぶんベリルのことだろう。ということは、ライムサイザーがベリルを動かしているのか?

 そういえば、アンセロがドラゴンを召喚するときに言っていた気がする。魔族の下僕だとか、魔物の頂点だとか。


 つまりダンジョンから生まれる魔物の頂点がドラゴンで、それらを支配できるのが魔族か。

 そうなると、ダンジョンを作っている大精霊クィと魔族も何かしら関係があるのか……?

 ちょっと混乱してきた。確証のない話を一人で整理しても仕方ないな。


「ともかく、今日はありがとうございました。

 詳しい話は……明日でもいいですかね」


 俺は隣でしがみついて離れないシオンを見てから、カイロスと生徒会長に問いかける。

 カイロスは無言でうなずき、生徒会長もシオンとオウカを一瞥する。


「ああ、今日は彼女たちについているといい」


 そう言ってから、メイドに壁の修復の指示を出し始めるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る