第176話 手を握ったのは

「ん、まあ、いいよ」


 ベリルが口の中に溜まった血を吐き捨てる。

 そして一度、大きくをした。


「ん、まあ、なんか、知らないけど、まともに、なれるんだね」

「これ以上シオンお姉様には手出しさせません」

「ん、まあ、ならお前も、ベリルのものにする」


 再び深呼吸して、

 ベリルが、オウカの後ろに立っていた。


(早――)


 ベリルの拳が小さな背中を押しつぶす。

 オウカは息するまもなく、室内の壁に衝突した。


 追撃を図るベリル。

 対してオウカは振り返ると同時にアイテムボックスからタガーを取り出して振るった。


 気付いたベリルが尻尾を地面に叩きつけ、その反動で上空に飛ぶ。

 普通なら頭から天井に頭をぶつけるところだ、あいにくベリルが天井を飛ばしていたので青空が広がっていた。


「これでも、押し切れないっ!」


 オウカが悔しさに唇を噛む。

 ベリルは空を仰いで深呼吸をした。


「ん、まあ、強い女、嫌いじゃない。

 前も、エレミア、孕ませた。

 お前らも、同じ」


 だけど、と付け加える。


「お仕置き、必要」


 ベリルの身体がふらりと揺れた。

 見上げていたオウカは、すぐに異変に気付く。

 ゆっくりとした動作のはずだが、その姿が何重にも重なって見えたのだ。


 何か仕掛けてくる。

 オウカがそう思った時には――腹部に拳が入っていた。


「ぐぶっ!?」

「ん、まあ」


 いつの間にかベリルが目の前にいて、オウカの腹を殴ったのだ。

 

「オウカちゃん!」


 シオンが叫んだとき、オウカは既に四方から殴られ蹴られ。

 一瞬で、一方的な光景だった。


 オウカがその場に膝をつく。

 上空から降りてきたベリルが、すぐに髪の毛を掴んで顔を上げさせた。


 赤い瞳と青い瞳がぶつかる。

 だが――すぐさま、オウカの顔面にベリルの膝が食い込んだ。


「いやぁ!」


 あまりの状況にシオンが悲鳴を上げる。

 ベリルはそれを無視して、何度もオウカの顔面を叩きつける。


 オウカは何かしらの魔法で自身の力を上げた。

 妖狐の噂――邪視が発動していることからも、シオンは不安と共に一縷の望みを持った。

 しかし、現実は残酷だ。

 目の前で顔を潰されるオウカの姿。


 ベリルが掴んでいた髪を離す。

 オウカは流れるように床に倒れ――ベリルはその背中に踵を落とした。

 床が軋む。土煙が上がる。

 そこには一尾になったオウカが倒れていた。


「ん、まあ、楽しめたよ」


 ベリルは乱れた髪を再度掻き上げ、シオンの方へと歩み寄る。

 シオンは自分が殺されると感じたのか、身体を震わせた。


 もう助けてくれる人はいない。


「や……いや」


 震える唇で小さな抵抗の声を上げる。

 誰か、助けてと。





 その時、頭上から何かが降ってきた。


 シオンとベリルの間に落下したそれは衝撃音と共に土埃を上げる。


 何が起きたのか分からない中で、シオンの手を誰かが掴んだ。

 シオンは驚きに肩を震わせるが、その温もりは知っているものだった。


「シオン、待たせたな」


 手を握ったのは、ツムギだった。

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