第175話 獣
ベリルの魔法がオウカへと落下し、轟音を発した。
「ん?」
ベリルが首を傾げたのは、聞こえてきた音が衝突音ではなく――破裂音だったから。
岩が破裂し四方へと飛び散る。
周辺の建物にぶつかり、野次が慌てて逃げ出した。
もちろん、破片の一部はベリルの方へも向かう。
「ん、まあ」
ベリルは目の前に飛んできた岩を腕で弾き飛ばす。
それはシオンの真横を通過して壁を破壊した。
そのことにシオンは動じなかった。
否、動じる暇がなかった。
シオンはずっと、オウカのいた場所を見ていた。
確かに、そこに少女はいる。
生きている。
だが、
「オウカ……ちゃん?」
そこに立っていたのは、紛れもなく妖狐だった。
黒い髪に大きな獣耳。
巨大な尻尾が――二尾。
眼球は血が入って赤くなり、しかし虹彩は青く輝いていた。
顔には痣のような模様が浮かび上がり、
そして何よりも、その姿に青い空気が纏っている。
自身の知る奴隷少女の面影はほとんどなかった。
あれは間違いなく、獣だ。
「カァッ!」
オウカが地を蹴る。
ベリルへと向かって、伸びた爪を振るった。
「ん、まあ、さっきの二のま――」
何かの千切れる鈍い音。
ベリルの目の前を、自身の腕が舞う。
さらにひと振り――は、ベリルがオウカを蹴り飛ばしたことで防がれた。
オウカは四つん這いで地についてから立ち上がる。
オウカが口を開ける。
「侮りましたね」
ベリルは侮っていた。
ナイフを使っても傷一つつけられない少女を。
「驕りましたね」
ベリルは驕っていた。
竜の皮膚はレベルによって硬度が増していく。しかし、自身のレベルが低くとも、並の生物では傷付けられないと。
「まだ、足りない」
オウカは呟く。
すると、背中で揺らめいていた尻尾が分身したかのように三尾に増えた
妖狐と竜の視線が交わ――
ったとベリルが認識した時、オウカはすでに足元にいた。
「ァア!」
爪が――竜の顎を抉った。
ベリルが態勢を崩し、オウカと共に後ろへ数歩下がる。
オウカの指先が顎下から食い込み、ベリルの口から飛び出していた。
「やっと、動きましたね」
オウカが目を見開き。笑う。
初めて、ベリルが眉を潜めた。
「んんんんっ!」
顎を貫いたままの腕を、オウカはボールを投げるように全力で振る。
腕が抜けると同時に、ベリルの身体がさらに後ろへと下がった。
「ん、まあ、魔力を纏って攻撃、か」
ベリルが顎を撫でると、傷は一瞬にして消える。
「オウカ、ちゃん、なの……?」
ぽつりと、息を吐くように呟いたのはシオンだった。
シオンはいまだ目の前の少女がオウカだと思えなかった。
いつも元気で、笑顔で、小さな少女。
それが――ただ恐ろしく。
しかし、
「シオンお姉様」
少女はいつもと変わらない口調で言葉を発する。
そして、いつもと変わらない笑顔を見せた。
「大丈夫ですよ」
シオンは悟った。
大丈夫だと。
少女は間違いなくオウカであると。
「もう、ひとつ」
オウカが口にする。
そして――四尾になった。
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