第174話 青い瞳

***


「シオンお姉様!」

「っ!?」


 私が叫ぶと、シオンお姉様は肩を揺らしてこちらを見た。

 その表情は不安一色に染まっていて、いつもの強気な面影など無くなっている。


 私は、目の前の竜――ベリルに勝てない。

 威圧ですぐに動けず、やっとの思いで振ったナイフも折れ、相手を一歩も動かすことはできなかった。


 あの竜の言う通りだ。

 私は弱い。


 だから、これは当然の結果。


「――大丈夫です。すぐ、ツムギ様が助けに来てくれますから」


  お姉様に向かって微笑む。

  頭が痛い。額が熱い。僅かにしか口元が動かせない。

  ここで私は死んでしまうけど、お姉様は安心してください。


 これだけ大きな騒ぎをしていれば、ツムギ様が気付いて駆けつけてくれます。

ツムギ様はすごいですから。

 一人でも、任務を全うできる立派なお方ですから。


「だから、もう少しだけ――」

「ん」


 頭上から降り注ぐ熱気。

 瞳を閉じて、主の顔を思い出す。


 ツムギ様――ごめんなさい。









「愚かです」





 声がした。

 聞きなれたような聞きなれないような、近しいものを感じる声だった。


 瞳を開く。

 頭上の岩が静止していた。


 周辺を見渡す。


 すべてが止まり、すべてが青く染まっていた。


「本当に、愚かです」


 また、声がした。

 さっきよりもはっきりと聞こえる。


 声のする方へ顔を向ける。

 黒い髪に、妖狐族の耳と尻尾。


 ――私がいた。


 人も、魔法も、すべての時が止まっているような世界で、私がこちらに向かって歩いてくる。


 走馬灯、というものだろうか。私の僅かな記憶にある話とは随分と違うものに思える。

 歩いてきた私が私の前で止まり。


 ――頬を叩かれた。

 一度、と思った時には、二度三度。

 数回頬を叩かれて、今度は胸ぐらを掴まれる。


 なぜ、走馬灯なんかに叩かれているのだろう。

 突然のことに、だけど状況だけは冷静に見れた。

 理由だけが、わからない。


「なぜ死を選ぶのですか」


 それが、私を叩いた理由だろうか。


「勝てないから……私じゃ何も出来ないから」

「死ぬことは出来ると?

 あなたはこの数カ月なにをしてきた。

 何を学んだ」

「私は……」

「大切な人に、生きろと言われたでしょう」


 そうだ。

 ツムギ様は生きろと言ってくれた。


「なぜ死を選ぶのですか」


 同じ問いに。


「だ、って……私は弱いから!」


 目頭が熱くなる。


「私は力もなくて、奴隷だからキズナリストも使えない!

 限界があるよ! どうしようもないんだよ」

「……」

「強くなりたいよ。大切な人を守りたいよ。

 いつも後ろで、だけど、隣に立ちたいよ!」


 声を荒げて、心の奥底にある想いを吐き出す。


「いまじゃなきゃ。

 いま強くならなきゃ。シオンお姉様も守れない。

 ツムギ様の隣にも立てない。

 死にたくない。

 死にたくないよ……」

「なら」


 視線が交わる。


「覚悟はありますね?」


 青い瞳に問われる。


「たとえこれが呪いで。

 すべてを手放し、己を失うとしても。

 力をもって守りたいと願えますか」


 目を見開いて、答える。


「私の守りたいものが守れるのなら、

 そんなの呪いじゃない。

 ――奇跡だよ」


 許されるなら。

 可能性があるなら。

 足掻こう。

 妖狐族わたしの持つ邪視ちからで。


「いいでしょう。

 時の一歩手前。しかし問題はありません。

 今回は私の勇気に免じて奇跡を与えます」


 手が離れ、今度は頬に触れられる。


「正しくない、しかし求めた道。

 ならば与えましょう

 僅かな、奇跡を」








 ――邪視、開眼。

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