第173話 無力

「ん、まあ」


 ベリルが腕を振るうと突風が生まれ、攻め込んだオウカを吹き飛ばす。


「くっ!?」


 着地したオウカはなおも攻める。

 次は一直線ではなく、走りながら壁を伝う。身軽さと妖狐の身体能力のおかげだろう。常人では無理な動きでベリルの後ろに回り込む。


 しかし、ベリルもそれを目で追っていた。

 その口元は少しばかり笑みを浮かべているようにも見える。


(なんとか、離さないと!)


 オウカの視線の先には、震えたシオンの姿がある。

 彼女はすでに動けるような状態ではない。


 オウカが地を蹴る。

 今度は地面すれすれまで姿勢を低く。

 風がきても吹き飛ばされないように。


「脚ぃ!」

「……」


 ナイフがベリルの脚に触れた。


 だが――


「ん、まあ、脆い」


 オウカの目の前でナイフが折れる。

 ベリルの皮膚は人の姿をしていても、その硬さは異常であった。

 目を見開くオウカの顎が浮く。

 視界が縦に回転していく。


 ベリルに顎を蹴り上げられたのだ。


「ん、まあ、纏いもない、武器じゃ、意味ない」


 蹴り飛ばされたオウカは窓枠を越え、背中から地面を滑る。

 すぐに勢いに合わせて身体を捻り態勢を整えた。

 スラム街の住人らしき人々が、驚いた様子で視線を向けてきた。


(一歩も、動かせない)


 ベリルは脚を使ってきたものの、立ち位置が変わっていない。

 依然としてシオンの隣にいる。

 これでは、シオンを逃がすこともできない。


「ん、まあ、身体は、こんなもんか」


 ベリルが肩や首を動かす。

 指先を一本ずつ折ったり開いたりしてから、オウカを再度見る。


「ん、まあ、そろそろ、用済みか」


 ベリルが勢いよく腕を上へと伸ばす。

 と、押し剥がされるかのように天井が吹き飛んだ。

 飛ばされた屋根はそのまま近くの建物に落下し、大きな音を響かせる。


「ん、まあ、弱いな、お前」

「っ……!」


 やはり自分では何もできないのかと、オウカの心が揺れる。

 大切な知り合いすら守れない。

 主がいなければ、依頼すら遂行できない。


 ――なんて無力なんだろう。


 オウカの頭上に、巨大な丸い岩が生成される。

 きっとベリルの魔法だろう。

 その岩を覆うように赤い炎が立った。


「シオンお姉様!」

「っ!?」


 オウカは叫んだ。

 シオンがびくりと肩を震わせ、そしてオウカを見る。


「――大丈夫です。すぐ、ツムギ様が助けに来てくれますから」


 笑っていた。

 地面に落ちた衝撃か、額から血を流し。

 それでもなお、目を細め、シオンを不安にさせまいと。


「だから、もう少しだけ――」

「ん」


 ベリルの腕が振り下ろされる。

 同時に、オウカへと火を纏った岩が落下した。


 衝突の轟音が響き渡る。

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