第171話 竜の心臓

「な、なんだ!?」


 茶髪の男が焦った声を上げる。

 輝きだした石から、赤黒い靄が現れたのだ。

 それが男を包み込み始める。


「お、おい、どういうことだ!」

「あれ~兄貴言ってませんでしたっけ?」


 全員がその光景に驚き、目を見開く中、一人だけが笑っていた。

 苔色髪の男だ。


竜の心臓ドラゴン・ハートは紛れもなく本物の心臓」

「だから、これを使えばドラゴン並みの力が手に入るってお前が……だから手下に――」

「手に入るさ。ドラゴンという存在そのものが。

 ――人を媒介にしてなぁッ!」


 男が靄に取り込まれる。


 そして――別の何かが姿を見せた。


 全裸の男。

 よく見れば、背中は赤い鱗で覆われており、尾てい骨から爬虫類らしき太いの尻尾が伸びている。

 腕は指先から黒が浸蝕したようなグラデーションになっており、爪は獣のように長い。

 炎のような真っ赤な髪は顔を覆うように伸びているが、男はそれを片手で掻き上げる。

 奥からオウカたちを覗いた瞳は、紅く、そして縦長の瞳孔であった。

 

「ん……まぁ、おはよう。下等生物」


 そう呟いてあくびをした口から牙を覗かせる。


「あ、兄貴ぃ!」


 叫んだのは苔髪色の男――ではなく、一緒に出ていった腹の大きな男だ。

 どうやら一部始終を見ていたらしい。


「てめぇ! 兄貴になにしやがった!」


 腹を揺らしながら、全裸の男の前を通り過ぎて苔色髪の男の胸倉を掴む。

 ――が、


「ん、なあ、豚」


 その頭を全裸の男が掴んだ。

 その気怠そうな口調からは感情が一切読み取れない。


「ん、まあ、普通、歩かないよね、格上の存在が、いるのに」

「あ、あに、き?」

「ん、まあ、あと、臭い」


 瞬間。ぐちゅりと。

 トマトを握潰すかのように、いとも容易く、自然に。

 頭が潰された。


 シオンの髪に血が降り注ぐ。


「ぃ……」


 彼女の中で、何かが切れた。

 途端に身体が震えだす。

 止まらない。歯がカタカタと音を立てる。


 我慢、していた。

 心を強く持って、僅かな希望を待って。

 しかし、彼女は悟ってしまった。


 目の前にいるのは化け物だ。

 目の前にあるのは死である、と。


「ん、まあ、なんで、ベリルここに、いるのか」


 自身をベリルと呼んだ男は首を傾げる。


「俺様が呼び出したんですよ、兄貴」


 苔色髪の男が答える。

 ベリルが振り向き、少し目を大きく開いた。今しがたその存在に気づいたという感じである。


「ん、まあ、ちゃんとしたの、いるじゃん」

「そうでないと兄貴を呼び出したりしやせんて」


 互いに何か納得した様子で、ベリルは再びシオンの方へと向き直る。


「ん、まあ、いい女も、いるし」


 ベリルはしゃがみ込むと、シオンの顎に手を添える。

 彼女の震えのせいで、長い爪が皮膚に線を入れていく。


「ん、まあ、お前、ベリルのものになれ」

「っ……」


 悪寒。

 そこに、


「させません!」


 叫んだのはオウカだった。

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