第170話 赤い石
「妖狐……?」
シオンは辛うじて表情を崩さずに済んだ。
相手の指しているのがオウカのことだとすぐに察する。
「俺様の確かな情報では、妖狐族の奴隷がソリーに売られに行ったはずなんだが……知らないか?」
再度問われるも、今度はしっかりと首を横に振った。
「あたしの家が奴隷商だから聞いてるのか知らないけど、生憎高級品しか扱わないの」
妖狐族は世間で忌み嫌われている。近くにいれば邪視によって呪われると信じられているからだ。
たとえ珍しかろうと、その姿が美しかろうと、自分の手元に置いときたいとは誰も思わない。そんなことをするのは世間知らずだけである。
「……では、別の場所か。
近頃、こっそりと行われるものもあるのだろ?」
「あたしは知らない」
男は「残念だ」とだけ言うと――突如シオンの首を握りしめた。
「嘘はよくないなあ。
知ってること、あるだろ?」
「かっ……しっ!」
苦しいながらもシオンは冷静でいた。
これはたぶんはったりだ。
脅迫を試してみて吐くものがあるなら吐かせようという魂胆だ。
人質だという以上、現状では変なことはできないはず。
と、シオンが無言を貫こうとしていた時、
「なんだお前!」
先ほど出ていった男達の声が外から聞こえた。
そして、茶髪の男が入口から飛び込んできた。
否、放り込まれたと言う方が正しいだろう。
「やっと見つけました」
男を投げ込んだであろう人物が入口から現れる。
赤い頭巾に、黒のパーカーを着た少女。
「オウカちゃん!?」
「シオンお姉様が、仮面の人たちに連れてかれるのが見えて……。
助けに来ました」
オウカは教室にいる時、偶然にもシオンが学院外へ連れてかれる様を目撃したのだ。
ツムギに報告すべきだとも考えたが……まずはシオンの居場所を特定し必要ならば救助しようと、護衛任務を優先したのである。
シオンの首から、男の手が離れる。
そのままオウカの方へ振り返ると、口角を吊り上げた。
「これはこれは、あの男の近くにいた奴隷じゃないか。
問おうか。ソリーで売られた妖狐を知っているか?」
「妖狐……」
オウカの視線が僅かに動く。
男の後ろで、シオンが小さく首を振る。
「……知りません」
「……では――その頭巾を取ってもらおうか」
ドキリと、心臓が大きく動いたのはシオンだった。
もしあの頭巾の下に耳があったら……。
一応、ツムギが魔法をかけているのは知っているが、学院から少し距離がある。効力がどの範囲まで届くのかは知らない。
もしかすると、耳が元に戻っているから頭巾を被っているのでは。
「さあ」
「……」
男が急かす。
しかし――
「ふざけんなよおい!」
部屋の隅に転がっていた茶髪の男が立ち上がった。
「そこの女、絶対殺す!
こっちにはこれがあるんだ」
「おお兄貴! やっちまいますか!」
茶髪の男が赤い石を手に握る。
苔色髪の男は先ほどと調子を変えて、媚びたような言い草になった。
「みせてやりましょうぜ! 兄貴の力ってのを!」
「はっ! 後悔するなよ。
――この
石が炎のように赫焉となる。
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