第168話 発動の手順
「分かってないようだな。
貴様はあの時、火魔法と水魔法を同時に発動した。
普通、一つの魔法を発動する時に他の魔法は発動できない。
周辺を漂う魔力への指示信号が混乱するからだ」
「混乱ねえ。だが、光本……コウキも、同時に魔法を発動させていた。特段難しい方法ではないんじゃないか?」
「あれもまた例外に近い。しかし、技術を磨いたものなら不可能ではない領域だ」
そう言いながらカイロスは、自身の隣に小さな竜巻を巻き起こす。続いて、その中に石を生成して竜巻の中を漂わせた。
「発動の手順か」
「そうだ、連続しての発動はできる。
しかし、貴様のは紛れもなく同時だった。
――貴様、魔法師のジョブではないか?」
「……いや、ジョブはない」
以前どこかで聞いたことがある。
魔法師というジョブを得る者は少ない。スキルとして魔法があっても、魔法師でなければ補助的な能力にしかならない。
だから、王国は魔法師を見つければ魔法師団へ勧誘するという。
面倒なことに巻き込まれる気はないし、どうせステータスも覗かれることはないので、ここは黙っておこう。
「そうか。しかし貴様も勇者候補として召喚された人間だ。
呪いについては……僕はまだ疑っているが、ひとまず置いておこう。
貴様にも何かしら突出した才能が出てくるかもしれん」
カイロスがそこまで言えるのは、近くで他のクラスメイトを見てきたからだろうか。
召喚時にみんな一つはアビリティを与えられている。
それ以外にも何かしらチート染みたものがあると考えるのが道理だ。
「何かしらあるからこそ、冒険者としてやれてきたのだろう?」
どうやら、エルから俺のことを聞いてるみたいだな。
だから腕輪についても驚いた様子がなかったのか。
「しかし、冒険者とは違い、学院は実力だけではどうにもならない」
俺の姿――紫のパーカーを見てのことだろう。
「本来、貴様も召喚されし勇者候補だ。そんな未熟な場所ではなく、高みを目指すべきだろう」
「こんな場所に甘えるなと?」
「貴様は進めるだけの力がある」
力があるからこそ、為せることをすべきだと。
当然だろう。まったくもって正論だ。
「だが、力だけで進めない人間もいるし、現実もある。
実力だけではどうにもならない」
「……そんな単純な意味で言ったんじゃない」
まあいいだろうと、カイロスは立ち上がる。
「貴様が少しでも魔法に興味があり、向上心があるなら、いつでも僕の工房に来るといい。
工房は王城の近くにある。それまで腕輪は自由にしていい」
「ありがたい話だな。あんなこと言ったが、向上心はあるんだぜ」
未知数の異世界だ。得られるものは大きいほうがいい。
魔法師でもエリートの彼がいる工房なら、冒険者では手に入らない情報や知識があるだろう。
召喚の腕輪も、謎の生命体さんを解明する時間が欲しい。回収されるかと思ってた。
「いいだろう。待っているよ」
勇者候補という立場が、初めて役に立った気がする。
いや、運よく魔法師ジョブが働いてくれたおかげか。
どちらにせよ、当分は王都でも忙しくなりそうだ。
…………休暇をとりにきていたような。
「ああ、そうだ」
忙しさに嘆くついでに、昨日のことを伝えておこうと、俺はアイテムボックスから仮面とマントを取り出す。
「魔力を流し込むことで操る魔道具か」
「お前の弟が腹いせにか使ったんだろ。返すよ」
カイロスは仮面を手に取り、裏側の模様を見つめ、片眉を吊り上げる。
「いや、なかなか上等な代物だが、これは我が家では使っていない術式だ」
「ん? 誰かから借りたとかじゃ?」
「可能性はあるが、ネメア家は姑息な手は取らないよ。
堂々、自身の知恵と力を使うさ」
それが腕輪ということですかい。
それよりも、これがクロノスのものでないとすると。
「狙われたのは貴様か?」
はっと顔を上げた。
昨日狙われたのは――シオンだ。
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