第162話 ベッドへポーイ

「ここが新しい拠点だ」


 旅の終刻を告げる鐘が、青白い空に響き渡る。

 そんな中、学院からそれほど離れていない場所で宿をとることが決定した。

 三階の端の部屋の前に立ち、渡された鍵の番号が一致していることを確認してから大きめな木の扉を開く。


「わー綺麗です!」

「結構広いじゃない」


 ゆとりのある空間に光明石の明かりが広がる。

 感動しているであろうオウカたちに対して、俺は説明を続ける。


「広さはなんとソリーの宿の五割増し!

 さらに窓ガラスが取り付けられ、

 なんと言ってもこれ! ダブルベェッゥ」


 自分でやっていてよくわからないテンションで紹介しながら、オウカの両脇をひょいと持ち上げてベッドへポーイ。


「きゃぁ、ふっかふかです!」

「素晴らしきかな」

「なかなかいい所とったわね、それで、あたしの部屋はどこかしら?」

「ん? ここしか取ってないが」

「……んー? いやいや、ちょっと待ちなさいよ!」


 シオンがありえないと言った表情を向けてくる。ところがどっこい、現実です……!


「聞き間違いよね? 二部屋とったのよね?」

「いや、この部屋だけだが」

「おかしいじゃない! そこは別々でしょ!?」

「いや、この部屋しか空いてなかったんだ」

「じゃあ何!?  一緒に寝ましょうって!? このヘンタイ!」


 シオンが顔を真っ赤にし、自身の身体を両腕で覆いながら叫ぶ。

 お子様が何を一丁前に恥ずかしがっているのだろう。


「三人でも十分寝られる大きさだと思うが」

「そういう問題じゃないでしょ!」

「だが護衛する以上、部屋は一緒か、せめて隣でないと」

「あんな依頼のために、そこまですると思ってなかったわ……」


 はぁ、と大きなため息をつきながら、彼女は再び扉へと手を掛ける。


「あたしは学生寮でいいわ。王都で襲われるなんてこと――」


 扉を開いて、声が消える。


 シオンの前に、複数の人影があった。

 黒マントに、白い仮面。


 そのうちの一人がシオンの手を掴んだ。

 すかさず俺は両者の間に入り、仮面野郎の腕を掴んで捻る。

 

「な、なによ!?」

「離れてろ!」


 手が離れたところでシオンを部屋の中に戻す。

 他の仮面がそちらへと向かおうとするので、掴んでいた腕を持ち上げて仮面野郎本体ごと振り回す。

 仮面同士がぶつかり合い、廊下や室内を転げていった。


 取り逃がした1体が室内に入りシオンへと迫る――が、オウカが短剣でわき腹を一刺しして止めた。


「あれ?」


 オウカから戸惑った声が漏れる。

 ちょうど俺が抱いた違和感をオウカも感触で感じたのだろう。


 手応えがない。まるで手を思い切り振って空を掴んだ感覚である。


 と、仮面たちの中身が空気の抜けるような音を立てながら消えた。

 その場に仮面とマントだけが残される。


 逃げたのではなく、中身が空っぽだったか。

 仮面とマントを拾い上げると、内側に魔法陣に描かれていそうな文字が縫い付けられている。

 どうやら、魔法で動く人形だったらしい。


「つ、ツムギ、どういうことよ」

「本気で、シオンの護衛が必要になってきたってことだ」

「あ、あの男ね……」


 このタイミングでシオンを狙ったんだ。本人も気付くに決まっている。


「どうする? 学生寮に戻るか?」

「……ヘンタイ」


 最後の小さな言葉は聞こえなかったことにしよう。

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