第151話 恋に恋している
***
「翌朝には、本当に出ていかれてしまいましたね」
「冗談を言ったつもりはなかったからな」
思い返せば、あの時からエルの俺に対する態度に違和感があることに気付いた。
母性的というか、恋する乙女というか。
「どうして、私がこんなに親しげか腑に落ちない、と言った感じですね」
脳内を読み取ったかのような投げかけに、思わず目を見開いてエルを見てしまう。
それが可笑しかったのか、エルはクスリと小さく笑って、自分の手を俺の手に重ねた。
「今では解除してしまいましたけど、実は年の近い人でキズナリストを結んだのは、ツムギ様が初めてだったんですよ」
エルが俺の耳元に顔を近づける。
「あなたが、私の初めての人なんです」
「……あまり意味深に言われてもな」
この世界ではキズナリストを結ぶなんてあたりまえの行為だ。
結んでこそ、自身のステータスが上がるのだから、しないわけがない。
「でも、私にとっては、大事なことです」
エルの顔が耳元から離れる。首とか肩あたりがぞわぞわする。
「今では他の皆様と結んでいますが、本来王族は血の繋がりがあるものとしか契約を結びません。
血の繋がりがなく契約をするのは婚姻の時くらいです」
当たり前が、エルにとっては違うのだろうか。
どんな世界でも、王族というものは変に厳しい部分があるものだな。
「初めて結んだ相手が、ステータスが下がってしまうなんて、他に誰も経験してないでしょうね。
あの時、私から見たツムギ様は、とても不安定な存在に思えました」
「不安定……? ステータスが下がっただけだろ?」
「ツムギ様たちの世界とは違うかもしれませんが、この世界ではステータスが全てです。命が目に見てわかるというのは、とても恐ろしいものです。
それが安易に下がってしまう。そんなあなたが、いつ失われてもおかしくないと感じました」
手を強く握られる。
「だから、私が守れるなら……と思っていたのですが」
エルの口元から「ふふ」と息が漏れる。
「冒険者になってお強くなられたんですね。
あんな風に抱き上げられたのは初めてでした」
ユニコーンから助けた時のことだろう。
お姫様だからといって、お姫様抱っこされ慣れてたらそれはそれでどうかと思う。
記憶を遡って気付いたが、エルはあちこちでお見合い的なことをしていたみたいだし。王子様と呼べる人がいなかったのかもしれない。
というか、お見合いなんてしてたら、恋愛なんてものも冷めてしまうだろう。
……ん? するとなんだ、今回の流れ。
知り合いの男との再会がお姫様抱っこだったってことか?
「ツムギ様、私は少しばかり、いえかなり強く、運命的なモノを感じています」
ああ、なるほど。
異世界から召喚した年の近い男が強くなって帰ってきたと。
とてもロマンチックな話だ。
冷めていた恋愛価値観も再熱しておかしくないかもしれない。
――このお姫様は、恋に恋しているな。
と、自身の中で得心が行ったところで馬車が止まった。
「着いたのか」
「ツムギ様、最後にこれを受け取ってもらえませんか」
エル王女は自身の腕から銀の腕輪を外して、俺の左腕にはめる。
「って、これユニコーンのじゃないのか?」
「はい。きっとツムギ様なら使いこなせると思います。
この腕輪に魔力を送り込めば、その人の力や存在に近い霊獣が召喚されると思います」
ユニコーン限定ではないらしい。使用者依存の魔道具なのか。
「いつも私しか使っていないので。
実験の一環としてでいいので、ぜひ持っていてください。
もし何か問題があれば……また私の所に来てくださいね?」
目的はそっちか。
「さあ、ツムギ様。この後私は生徒の前で挨拶をしなければなりません。
壇上までエスコートしてくださいませんか?」
その為に二人乗りで、俺と一緒に乗ったのか。
「……わかったよ」
大きくため息をついて、先に馬車から降りる。
続いて出てきたエルの手を掴むと。
――大きな歓声が鼓膜を震わせた。
驚いて振り返ると、レッドカーペットが敷かれており、その周りを何人もの人が囲んでいた。
ラッパの音が響き渡る。
「ふふ、驚いてくださいましたね」
「ああ……いや、王女だもんな。そりゃこういう歓迎のされ方だよな」
いきなりのことで驚いたが、当然の光景なのだ。
予想していなかった俺が悪い。
「それでですね、ツムギ様。私をエスコートしてくださった黒ローブの人が学院に入ったら――皆さん、どんな目であなたを見るのでしょうね」
「おいおいおいおい……」
「ちょっとした悪戯です。
いまのツムギ様なら、大丈夫でしょう?」
エルが俺の手を握り、子供のように微笑む。
悪戯が過ぎるぜお姫様。
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