第147話 元気そうで何より

***


 ――暗闇の中で断末魔が聞こえる。


 耳障りな、声とも呼びがたい音。

 脳裏に焼き付いたそれが今も響いている。


 五月蝿く、煩く、ただ喚くように。


「ツムギ様」


 ――音が消えた。


 何かが頬に触れて優しく撫でてくる。

 目を開けると、俺の視界に入ってきたのは。


「エル王女……?」

「おはようございます、ツムギ様

 昨晩はよく眠れましたか?」

「えっと……?」


 身体を起こす。

 綺麗な部屋を見て、寝ぼけていた頭が冴えてきた。

 聞こえていた断末魔は夢か記憶か。

 モンスターハウスの地下から救出されたのは昨日だったな。

 外はまだ薄闇に染められていて、日が昇る前であるらしい。


「どうして、エル王女が?」

「こちらの不手際でツムギ様を危険に晒してしまったのですから、私も何かお詫びがしたいと思いまして」


 それで俺の頬を、いまは手の甲を撫でているのだろうか。


「お身体の方はもう大丈夫ですか?」

「うん、まあ気怠い感じはしないかな」


 身体のあちこちを動かしてみると、ポキポキと音をたてた。


「今日にでも訓練に戻れるよ」

「いけません。大事があっては困ります。当分は安静です」


 頭を撫でられる。まるで子供扱いだ。


「どうして、お一人で地下に潜ろうと思ったのですか?」

「……へ?」


 不意の質問の、その意味不明な内容に思わず素っ頓狂な声を上げてしまう?

 潜った以前に、教育担当の騎士に連れていかれて閉じ込められたのだが。


「私もあんな場所があるとは知りませんでした。

 騎士たちはあそこで秘密の訓練をなされていたのですね」


 地下に作られた空洞。

 ダンジョンと繋がっており、放っておいてもモンスターがやってくるレベリング場。

 確か、上の人たちは知らない場所だったか。


「騎士たちによれば、ツムギ様が強くなりたいとおっしゃたのでお連れになったとか。

 ツムギ様はキズナリストでステータスが下がってしまうので、レベルを上げるしかないというのも分かります。

 ですが、何もあんな場所に何日もいるなど……」


 まるで俺が自分の意志であそこにいたような語りだ。

 と、そういえば眼鏡の騎士が言っていたな。


『お前は自分の意志で強くなりたいといった。

 そしてここで訓練を始めた。

 無理をしてモンスターに殺された』


 本当にそのまま報告したのだろう。

 ――まあ、そんなのはどうでもいいか。


「強くなりたかったのは、確かです」


 実際問題、俺はキズナリストが使えない以上、レベルを上げていくしかない。

 ヒヨリが見せてくれたステータスはすごかった。

 きっとこれからもレベルを上げて、果てしない数字になっていくのだろう。


 俺はそこにはいられない。


***


「もう身体に異常は見当たりませんね」


 朝方、教会から来たという回復師の男性が何かしらの魔法で俺のことを調べた。

 結果として、何箇所か怪我をしていたものの、回復魔法で直してもらったので、いまは健康体そのものだ。

 回復魔法師の言葉に大きく安堵の域を漏らしたのは、俺の部屋を訪れていたヒヨリだった。


「よかった。ツムギくんがモンスターに何かされて身体おかしくなってたら、わたしどうしようかと」

「どうにかなるようなモンスターがいるの?」

「うんうんダンジョンにはいっぱいいるよ! 岩を齧って電気を出す狼電とか、鱗粉から粉塵爆発を起こす爆死蝶とか」


 ダンジョン怖いな。俺はゴブリンとドラゴンしかみたことないや。


紡車つむがくん、今日からは僕たちと一緒に訓練を受けてもらうよ」


 ヒヨリの隣に光本までいた。


「結局は君を仲間外れみたいにしてしまったのがいけなかったんだ。

 君がキズナリストを使えなくたって、僕たちは一緒に闘う仲間だ。

 焦らなくていい、一緒に頑張ろう」

「あ、ありがとう?」


 何言ってるんだと思ったが、そういえば俺が自主的に潜ったことになっているんだった。

 真実を告げてもいいが、それでこの有様がどうにかなるわけでもないし。騎士団の人間側を相手にして無事でいられる気もしない。泣き寝入りしておこう。


 そんな複雑な心境でいると、部屋の扉がノックされた。


「ツムギ殿、おお元気そうで何より」


 入ってきたのはバルバット騎士団長だ。相変わらず元気そうで何より。


「身体も好調のようで、今日からさっそく訓練に戻られるのだろ?」

「まあ、そのつもりですが」


 エル王女にあとで叱られるだろうけど。


「その前に、少し用があるので付き合っては頂けぬか」

「用……?」

「現場検証というか、事情聴取とかいうか……もう一度、地下で何があったかを聞きたい」


 団長の表情は、どこか真面目なものだった。

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