第146話 食い違い

***


 エルが学院に向かうということで、馬車に同席させてもらうことになった。


 のだが。


「なんで二人だけ……?」

「そういうものですよ、ツムギ様」


 疑問を口にすると、エルがなんてことない反応を見せる。

 なぜか馬車は二台用意され、俺とエルで一台、シオンとオウカで一台と別れた。


隣に座るクーペというのは?」

「貴族なら当然です」


 二人乗りなので、俺の隣に腰かけているエル。

 おかしいな、オウカたちの馬車は向い合う形ランドーだったのだが……。

 ご丁寧に、窓枠にはカーテンまでつけられて、馬車を走らせている執事の様子すら伺えない。


「それに、こうした場所でないと、ツムギ様とゆっくりお話しする機会もないです」


 エルの頬が少しばかり紅潮する。

 おかしいな、彼女とは一度キズナリストを結んだだけだったのだが……。


「それで、ツムギ様が魔族と戦ったというのは本当ですか?」

「ん? ああ、一応な」

「……倒されたのですか?」

「一応な」

「まあ、素晴らしいですわ!」


 エルの輝かしい笑顔がこちらへと向けられる。

 これがお姫様パワーか、密着した空間ではあまりにも眩しすぎる。俺が溶けちゃう。


「なんで今更そんな反応をするんだ。おじさんが報告したときは興味もなさげな様子だっただろ」

「それは、恥ずかしいですし」

「俺が勇者候補だって話をしなかったのは、まあ助かったよ。

 だけど、エルはもしかして異世界から勇者候補を召喚したことすら世間には言ってないんじゃないか?

 それに、世間では妄言姫と呼ばれていた。国民も魔族が実在すると思っていない。

 俺たちが召喚されたときの、さも魔族と戦争しています見たいな素振りはなんだったんだ」


 勢い余って疑問にしていたことがずらずらと言葉になって出た。

 しまった、と思った時には、エルの表情はなんとも弱弱しく、そのまま俯いてしまう。


「ツムギ様がいろいろと思われるのも仕方ないですわね。

 実際、私は魔族がいると国民に話しています。しかし、実際に魔族が襲ってくることもない。存在するのは冒険者に倒される程度の魔物だけ。

 人類は平和です。だから私の言葉は妄言だと」

「いや、そういうつもりで言ったんじゃ……」

「でも、信じてください! 魔族の脅威は確かに近づいているのです」


 突然上げられたエルの顔が俺と数センチの距離。

 潤んだ瞳が、訴えかけるように俺を見つめてくる。

 俺はいたたまれなくなって顔を正面へと向けると、大きく息を吐いた。


「別に責めてるわけじゃない。

 実際に俺は魔族とも戦っているし、俺の目的は変わらず魔王復活の阻止だ。

 だが、エルに教えられていた情報と、この世界はあまりにも食い違っている。

 だから整理したいんだよ。この世界のことを」

「……そうですよね。本当は皆さまがこの世界に慣れてきてから、詳しくお話しようと思っていました。

 ですが、ツムギ様はその前に出ていかれましたから」

「……あの時は悪かったな」


 この世界に来てから、地下に閉じ込められて地獄を見た。

 それから幾日か経ち、俺はあの城を出て一人になったんだ。

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