第144話 時計の針
***
「よかったわねオウカちゃん、魔法が上手くいってるみたいで」
「はい、学院でも大丈夫だと思います」
学院へと向かう馬車の中で、シオンとオウカが向き合うように座っていた。
シオンの言葉にオウカは安堵の息を漏らす。
オウカは妖狐族と呼ばれる亜人だ。
妖狐族は人類でありながらも、唯一疎まれている存在である。
なぜならば、妖狐はみんな青い瞳を持つと言われ、邪視に呪われた一族だと信じられているからだ。
しかしシオンの目の前に座っている彼女は、初めて会った時に金色の瞳をしていた上、現在においては黒色である。その色の変化は生え変わりによるものだ。
加えて、本来の妖狐族の特徴である、狐の耳や大きな尻尾がないのはまた別の理由。ツムギがあるスキルを施しているためである。
「ツムギもそんな魔法があるなら、最初から使えばよかったのに」
オウカに使われている魔法は竜のスキルの一つである「擬人化」だ。
対象の姿を人に変えるものだが、いままで試す機会がなく放置されていた。
今回、王都に赴くと決まった時にツムギが思い出して使ったのだ。
「でも、この状態を維持するためにツムギ様のMPをお借りしているので無理をお願いすることはできません」
擬人化は対象が何であろうと関わらず、その姿を維持するためには発動者のMPが消費される。
と言っても、維持するだけの魔力はさほど必要ではなく、ましてや竜のステータスを抱えているツムギであれば気にする程度のものでもない。
初めて擬人化を試した時、ツムギは女の子になり、オウカは男の子になった。
その異様な光景を思い出して、オウカはクスリと笑いをこぼす。
「でもよかったわ。ツムギが奴隷を蔑ろにするような人間じゃなくて」
「はい。大切にしていただいています」
「まあ、当の本人が別の馬車にいるから言えるんだけどね」
シオンは後ろを振り返る。
自分たちの前を走っている馬車にツムギとエル王女が乗っているのだ。
「どうも怪しいわよね、あの二人」
「何がですか?」
「少し前に知り合ったっていうけど、あたしがツムギと会った時は、王族と関わるような雰囲気持ってなかったもの。
どちらかといえば、スラム街で育ったような見た目をしていたわ」
それなのに奴隷を売りつけようとしたのかと、ツムギとシオンの出会いのエピソードを思い出したオウカは苦笑いを浮かべる。
「ツムギっていろいろ隠してるわよね。
どこの出身かも言わないし」
「そうですね。自分のことについてはあまり話してくれませんね」
「自身にも興味がないのかしらね」
「にも?」
「会った時から目は死んでるし、人に対して興味を持たないのよ。
オウカちゃんに優しくしているのも驚くくらいよ」
そう言って、シオンは大きくため息を吐く。
「どう? 数か月一緒にいて、嫌になったりしない?」
「そんなことありませんよ。冒険は新しいことがたくさんですし、ツムギ様の隣でお役に立てているなら、奴隷として嬉しいことです」
「ふぅん、オウカちゃんもしっかり奴隷精神が身についたわね」
だが、オウカの心には僅かながらに引っかかりがある。
自分は本当に役に立てているのか、という点だ。
「あっ、そうだ」
悩みを掻き消すように、オウカはある問いを思い出す。
「シオンお姉様って、ツムギ様のことが好きなのですか?」
「…………突然唐突に突拍子もなく、どうしてそうなるのかしら?」
「私が奴隷になってから、ツムギ様がよくお話になるのはシオンお姉様くらいですし、その時ってシオンお姉様から話しかけてますよね?」
「…………そうねえ」
意外なとこまで見られていたことが恥ずかしかったのか、シオンは意識をそらすように車窓から街中を眺める。
ただ、その瞳は遠い記憶の奥底を見ているようだった。
「最初は、記録を破られて悔しくて、だからこいつには絶対奴隷を買わせようって思ってたの」
言葉を選ぶように、本音の泉から慎重にすくい上げる様に、シオンは言葉を繋いでいく。
「そうやって関わっていくうちに、ツムギは他人に興味がなくて、毎日一人で冒険に行って、それで寂しくないのかなって思ったわ。
話しかければ答えてくれる。だけど、心の奥底まで覗き込ませてはくれない」
「それは、みんなそういうものじゃないんですか?」
自分はツムギに心の奥まで晒してもいいとオウカは思いながらも、一般論を述べてみる。
しかし、シオンは首を横に振った。
「普通の人であっても、商人であっても、最初は人を疑うわ。
だけど自然と仲良くなるものなの。互いが互いを知ろう、関わろうって思うから。
そうして他者と他者の相互作用っていえばいいかしら、そうしたものが個々を作り、個々を知ることに繋がる。
だけどツムギは根本から関わる気がない、人を時計の針のように、時間を刻んでは過ぎ去るもののように見てる気がする」
「時計の針、ですか」
難しい例えに、オウカの中では上手なイメージが浮かばないでいた。
ただ、自分の主が他者に無関心というのは頷ける。
「だからって、自分が大事とか考えてるわけでもないでしょうね。
それすら他者の一つでしかない」
「自分が……他者?」
「たぶんだけどね、ツムギは――」
シオンの視線がオウカと交わる。
「自分を認識していないのよ」
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