第142話 処女にしか

「ぼっち!」


 おじさんの声に顔を上げると、ユニコーンがこちらに向かって走り出していた。


「しつこい」


 竜威ゲウを発動。

 すると、ユニコーンは急停止して大人しくなった。効いたらしい。


「もう大丈夫だ」

「やっぱり、やっぱりツムギ様ですわよね?」


 エル王女を下ろそうとすると、彼女は何故か腕を俺の首に回してきた。

 顔の距離がさらに近づく。

 金色の髪の下にある茶色の瞳。変わりもしないお姫様の風貌。


「ずっと、会いたかった」

「あの……エル王女」

「エルって呼んでください」

「じゃあエル。みんなが見てますが」


 エルが振り返った先には、口をポカンと開けたオウカとシオンとおじさん。

 マティヴァさんに至っては珍しく真顔で怖い。

 ポッ、と擬音がでてきそうなくらい、エルの顔が赤くなった。


***


「先程はお見苦しい姿をお見せしました」


 中庭に置かれたガーデンテーブルを挟んで、エルが頭を下げる。


「姫様、こんなぼっちに頭下げる必要ねえよ。

 それより、どうして幻獣なんかが王城にいるんだ?」


 おじさんが親指でユニコーンを指す。

 オウカとシオンとマティヴァさんが興味津々で撫で回しているが、特に暴れる様子はない。


「ユニちゃんは、召喚しました」

「召喚? エルは召喚魔法が使えたのか?」


 彼女にはそんなスキルもアビリティもなかったはず。


「いえ、私が使ったのはこの腕輪です」


 エルが白い腕を胸元まであげる。以前見た手袋をしていない代わりに、そこには銀の腕輪がはめられていた。


「この腕輪は彼が作りました」

「彼って……ああ、あそこでのぼせている」


 全員の視線が、中庭の隅で倒れている男に集まる。


「エリート揃いって噂の魔法師団があんなじゃなあ」


 おじさんが苦笑いを浮かべる。

 やっぱり魔法師団で間違いないみたいだな。


「彼は魔法師団の中でも特別優秀な子です。

 キズナ召喚の研究を続ける中で、別次元の霊獣を呼び出す魔道具を作ったのです」

「別次元? じゃああのユニコーンは別の世界から来たっていうのか?」

「世界はあくまで同じです。住んでいる場所が次元で違う、と彼は言っていました」


 言わんとしていることは分からなくもない。ややこしいけど。


「ですが、まだまだ実験段階です。今日もユニちゃんが暴れてしまいましたし……」

「ん? 暴れたのはあの男が近くにいたからだろ?」


 俺が答えると、エルが怪訝な表情を浮かべた。


「なぜ、彼がいると暴れるのですか?

 一時的な主従関係が不完全だからこそ暴れたと思うのですが」

「それ以前に、男なんかが寄ったから怒ったんだろ」

「……男はダメなのですか?」

「え? だってユニコーンって処女にしか懐かないもんじゃないか?」


 場の空気が静かになる。


「それでは、どうしてツムギ様の言葉に従ったのでしょうか」

「ぼっちお前もしかして……女だったのか?」

「そうじゃねえよ!?」

「ねえツムギ?」


 いつの間にか、隣にシオンが立っていた。

 笑っていた。怒りを孕んだ笑みだ。


「ほ・う・こ・く、に来たんでしょ?

 早く済ませないと入学試験に遅れるわよ?」

「お、おう……」


 ユニコーンより怖いのが召喚されてるんですが。

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