第139話 自分の命

「ふぅ、こんなもんか」

「はい、お疲れさまでしたツムギ様」

「オウカもお疲れ」


 雑巾を絞り終えたところで、改めてキレイなった部屋を見渡す。

 宿屋に戻った俺たちは長く使っていた部屋の片付けをし終わった。

 アイテムボックスにいれるものと、捨ててしまうものを分けるなど、二人がかりだと意外にあっさりと終わるものだな。


 明日にはここを出て王都へと向かう。

 学院がどういうところか知らないが、余裕ができたらクラビーたちのところにも遊びに戻ってこよう。


「このベッドを使うのも今日で最後か」


 オウカと一緒に腰掛けたベッドを軽く撫でる。

 この街に来てからはずっとこの部屋を使っていた。オウカを買った時もこの部屋で名前を決めた。

 長く居すぎたせいか、実家のような感覚が残ってしまう。

 実際この宿は静かだったし居心地はとてもよかった。

 王都でもこんな宿が見つけられるか心配だ。


 ――思い耽っていると、ポスンと重くも軽くもないオウカの体重が肩に乗っかってきた。

 俺はベッドを撫でていた手をオウカの頭に移す。


「どうした?」

「いえ、最近ツムギ様に甘えられていなかったと思いまして」

「そうか?」


 というか、そもそもこんな風に甘えてきたことがなかった気がする。


 オウカは立ち上がると、俺の目の前に移動する。

 向き合う形で視線が交わる。


「ツムギ様」


 オウカが俺の頬を小さな両手で覆い、顔を近づけ――


 鼻と鼻が重なり合う。

 オウカの唇があと数ミリで当たりそうなほど、近くから温度を感じた。

 

 そして次に、オウカの頬が俺の頬とくっつく。

 擦りつけるように動かされ、細い腕は俺の背中へと回る。

 オウカの髪の毛が俺の鼻先を撫でた。


「ツムギ様」

「本当にどうしたんだよ……」


 今日はやけに甘えん坊である。


「私、まったくお役に立てていないです」


 暗い声音でオウカが告げた。


「そんなことないぞ、家事や掃除だって頑張ってくれてるじゃないか」

「それは奴隷として当然です。

 私が言いたいのは、魔族との戦闘や、クラビーさんやソリーさんのことです」


 オウカの小さな手が俺の服を握りしめる。


「最後は結局ツムギ様に任せてしまっています。

 私は何も出来ていない、何も救えていないんです」


 ――何も救えていない。

 それは常日頃、俺自身も思っている事だ。

 この世界に来て、冒険者を始めて、何かを殺すことはあっても、何かを救ったことなんてないと思ってる。

 今までやってきたのは、マイナスをゼロにしたくらいだ。

 何一つプラスにできたことなんてない。


「私の命はツムギ様のものです。

 それがこんな体たらくでは納得できません」


 オウカは成長している。ステータス的にも明白だ。

 ただ、本人がさらに上を目指している。

 望む高い壁にしがみつけなくて、歯がゆいのだろう。


 オウカが俺から離れる。


「私は、もっと強くなりたいです」


 葡萄色の瞳が俺を見上げる。


「……そうか」


 俺はその頭を撫でる。


「じゃあ、まずは学院で勉学に励むことだな。

 知識も大事な武器だ」

「はい、頑張ります!」


 オウカが拳をギュッと握りしめた。

 その姿に、思わず笑みが漏れてしまう。


 だけど、忘れないでほしい。

 オウカの命が俺の命なら――。

 

 自分の命くらい、自分で守ってみせるさ。


 第二章 了

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