第133話 あっけない終わり

「魂と誇りの蹂躙を、彷徨う亡霊に心蝕を。

 アビリティ――黒夢騎士ナイトメア


 リーの詠唱と共に、その後から黒騎士が生まれる。


 敵対心剥き出しと言った様子。

 俺が虚無界ラトゥで油を売っている間に、暴走した邪視と契約を完了させてしまったのだろう。


「オウカ、ありがとな」


 黒いローブを脱いで地面に敷き、そこへ気絶したオウカを寝かせる。


 ワイシャツに制服ズボンと冒険者とも魔法師とも呼び難い恰好になってしまった。

 が、見た目なんぞを気にしている余裕もない。


「さて、随分いい顔するようになったな」


 立ち上がってからリーを見つめる。

 常に無表情だったリーだが、邪視の影響か悪意に満ちた笑みを浮かべていた。

 ある意味新鮮な光景ではあるのだが、ほぼ間違いなく本人の意思でないのだから痛々しい。


「排除!」


 リーの声に従って、黒騎士が俺に向かってくる。


 それじゃあ、先ほど貰ったばかりのアドバイスを実行してみようか。


 ――意識を心の奥底へ。

 感情は眠れ。必要なものは本能。

 闇の先にあるもの。

 

「アビリティ――絆喰らい」


 振り上げられた黒剣。その動きが止まる。

 俺の背中から這い出た影が、黒騎士の腕を押さえつけた。


 黒騎士は影を振り払い一旦退く。

 すぐさま壁の方へと走り出し――否、そのまま壁をも走り出した。


 凄まじい速さで俺の死角に狙い壁を蹴る。

 今度は勢いをもって飛びかかってきた。


「だが見えているぞ?」


 突き出された剣を、またも絆喰らいが防ぐ。

 剣先はあと数センチのところで俺の首を貫く距離だ。

 もちろん、俺の演出である。


 俺はすかさず振り返ると同時に、黒騎士の兜へ蹴りを入れる。

 兜は取れなかったが、黒騎士の身体ごと地面へと転がっていった。


 リーが邪視と再契約をしているのなら、俺との契約は解かれているだろう。

 それは、人の記憶を利用する黒騎士が既に俺ほど強くないというわけである。

 これで俺より強いなら、それは邪視がドラゴンに勝る力を持っていることになるのだが、そこまでは至らないらしい。


 黒騎士は立ち上がると、霧になって消えた。

 魔法の効力が消えたか――と思ったのは一瞬。

 後ろに気配を感じ、持っていた短剣を振る。黒剣とぶつかり合い甲高い音が響いた。

 魔法だからこそ、一度消えて俺の近くに顕現したのか。意外に賢い動きをする。


「だが、終わりだ」


 手の空いた――否、口を大きく開けた絆喰らいが、上空から下り黒騎士を飲み込んだ。


「……排除、不可能」


 リーがぼそりと呟く。


「そう言うことだ。大人しくリーから離れろ!」


 影がリーに向かって伸びると――黒騎士と同じように丸ごと飲み込んだ。

 

 そこに残ったのは、精霊らしい小さな姿になったリー。

 その瞳は翡翠色に戻り、徐々に細くなって閉じられる。

 そのままパタリと地面に倒れた。


 なんともまあ、あっけない終わりだったな。

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