第132話 不正解

「――がはッ!?」


 オウカの小さな口から、大量の血が零れる。

 ソ・リーは彼女の腹部から腕を抜くと、さらに肺の部分を貫いた。


「ッ――」


 オウカの視界が虚ろになる。

 痛みが本能によって遮断され、同時に意識が失われた。


 ソ・リーの腕が離れ、オウカの身体がその場へと倒れた。

 そこへ精霊はさらに一突きを加える――今度は心臓部だった。


「ッ!?」


 一瞬だけオウカの意識が戻り、今度は黒い瞳から光が失われた。


「排除を確認。

 存在維持の為、契約対象者を捜索します」


 精霊は出口に向かって歩き出す。


 ――その足が止まった。

 振り返る。




 オウカが立っていた。

 貫かれた傷口が、衣服と共に修復されていく。

 そして、前に垂れていた首が上がった。


 そこにあった瞳は――燃えるような青。


「邪視を確認。

 排除します」

「……」


 ソ・リーがオウカに飛びかかる。

 対してオウカは口元が小さく動いたが、ソ・リーがそれを聞き取ることはできなかった。

 その小さな身体を貫こうと、精霊の拳がオウカへと振り下ろされる。


 ――しかし、今度はオウカの手がそれを止めた。

 異常なまでの握力。捕えられた腕が動かせないことに精霊は目を細める。


「……まだ」


 妖狐の少女から、声が漏れる。


「歩みの途中。

 私も同じく、目覚めるのは些か早すぎる。

 世界はまだ青くない。

 これは、不正解」


 少女の背中で、先の白い黒の尻尾が揺らめいた。


 その数、二尾。


 精霊は左足でさらなる攻撃を仕掛けるが、それも少女の開いた手で塞がれる。

 身体を捻り、両手から逃れようとするが、その勢いに合わせて、少女が精霊を地面に叩きつけた。


 顔を地面に打ち付けられた精霊はすぐに起き上がろうと振りかえるが、そのタイミングで少女の両手に首を握り締められる。


「あなたが邪視に逆らい、そして勝利したことは素晴らしい。

 ですが、それではあの人のためにならない」


 徐々に締め付けが強くなる。

 ソ・リーも対抗するかのように、手を伸ばして妖狐の首を掴んだ。

 力任せに、骨ごと首元をへし折る。


「正しくなくとも、求める道を歩むべき」


 精霊の手には、確かに骨を砕いた感触があった。にも関わらず、妖狐は語り続けている。

 精霊は自身の中で異常性を確認した。

 これは回復魔法の類ではない。

 だからと言って、現状対抗手段がない。

 声も出せないまま、精霊の手から力が抜ける。


「では――」


 精霊が最後に見つめたのは、青い瞳だった。


***


 虚無界ラトゥから抜けだし、元いた青いドームの中へと戻ってきた。

 最初に視界に入ってきたのは――こちらへと飛んでくるオウカの背中だった。


「オウカ!?」


 咄嗟に構えて、飛んできたオウカの身体をキャッチする。


「つ、ツムギ様……申し訳ございません」


 オウカは俺を見るなり、そう呟くと意識を失った。


 顔を上げると、リーが地に足をつけて立っていた。

 その瞳は青く光り、口元は微かに笑みを浮かべている。


「侵入者を確認。

 排除します」


 邪視に、取り込まれたか……。

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