第128話 世界の片鱗

「お前、何をした!」


 意識を神経に集中させてようやく身体が動き、抱きついていた大精霊を引き剥がす。


「ぷぅ、お姫様に乱暴はダメなのですよ」

「ふざ――」


 振った腕が急に軽くなった。

 見れば、俺の肩から生えているのは人の腕などではなく、ヤシの木の葉のようなものだった。


「汚い言葉もだめですよ」


 大精霊がつま先立ちすると、指で俺の口に触れた。


「―――――」


 喋れない。

 否――口がなくなっている。


『彼女に一切触れないでください!』


 リーの言葉の意味。

 大精霊に触れるとこうなるってことか。


「反省したならいいですよ」


 パン、と少女が両手を叩くと、腕と唇の感覚が同時に戻ってきた。元に戻ったらしい。


「……リーのあれも、お前が」

「触っただけですよ? どうなるかは知らないのです」


 無自覚に物質を書き換えるとでも言うのか。

 嘘つけ。俺のは自由自在に変えてたじゃねえか。


 リーから咲いた花びらがさらに大きさを増し、重量に従うように垂れるとそのまま彼女を包み込んだ。


「オウカ、離れろ!」

「は、はい!」


 オウカがリーから離れる。

 その間にも、リーを包み込んだ花は巨大化していき、ドーム状の形へと変貌する。

 夕日に照らされたそれは、まるで宝石のように煌びやかに輝く。


 これじゃまるで――


「思ったよりも見栄えが悪いのです。

 ふぁあ、そろそろ行かなきゃです」


 何事もなかったかのように、大精霊が鉱山を下り始めた。


「おい、まて!」

「王子様」


 俺を制止するようにそう呼んだ大精霊がくるりと回ってこちらへと振り返る。

 その瞳は閉じられたまま。


「お姫様になってから、王子様の元に駆けつけるのです」


 地が揺れる。大精霊の後ろの地面がぷっくりと膨れると、そこに穴が生まれた。


 そうだ。リーのドーム状のものといい、大精霊のものといい。

 まるでダンジョン、そしてその入り口。


 なぜ大精霊なんてものがここにいるのか。


『やっときましたわね』

『時間稼ぎも大変ですわね』


 街にダンジョンが現れた時の魔族の言葉。

 俺の中でバラバラになっていた疑問が絡み合う。


「お前が……ダンジョンを作っているのか」

「作っているのはお城なのです」


◆クィ


 異界の眼でも名前しか現れない。

 ダンジョンを作る精霊。

 やっと、世界の片鱗に触れた気がした。


「また会うのです、王子様」


 大精霊が穴の中へ入っていく。

 すぐに穴は塞がれ、膨らみは地面へと戻っていった。


「ツムギ様!」

「わかってる!」


 俺は振り返り駆けだす。

 今は、目の前の青いドームをなんとかする。


「リーを助けるぞ」

「はい!」


 花びらによってできたそれは、人が入れるくらいの隙間ができていた。

 そこから中へと入る。


 目に映った光景は――宙に浮いたリーの姿。

 蕾は目から完全に離れている。


 が、俺たちの方へと向いた瞳は――青く光っていた。


「契約に侵入者を確認。

 これより再構築に入るため、防衛へと移ります」


 リーの無機質な声が響く。


「魂と誇りの蹂躙を、彷徨う亡霊に心蝕を。

 アビリティ――黒夢騎士ナイトメア


 黒い煙がドームの中心へと集まり、黒い甲冑の騎士が現れる。


 ああ、わかるぜ。

 詠唱付きのアビリティ。


 あの黒騎士はもう――実存の敵だ。

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