第127話 クィ
「きー?」
「オウカ、きーではなくクィです。吾の口を真似てください」
「いー?」
「くぃー」
「くいー」
「二人とも、口をいの字にして遊んでるところ悪いんだが」
寝巻の少女がどんどんこちらへと歩いてきている。
「やはり気づかれていますね。
吾が匂いで気づいた時点でわかってはいましたが」
そう言いながら、リーは小さな身体を光らせて大きな姿になると、岩陰から抜け出して少女の前に立つ。
「大精霊様、お久しぶりです」
「ふあー? その声はリーちゃんですかあ?」
足を止めた少女は欠伸を手で隠しながら、しかし目は閉じて眠ったまま話し出した。
「久しぶりなんですかあ? 眠っていると時が経つのは早いのです」
「いまも眠っているでしょう……どうしてあなたがここに」
「えーとですね、お姫様になりたいのです」
脈絡もなく、さも幼子の夢のように口にする。
お姫様……? エル王女みたいなのか?
「あなたは世界と契約し、一種の概念へと変貌したはずです。
なぜ今更そんなことを……いえ、それ以前に具現化している理由はなんですか」
「……どういうことだ?」
「あれえ?」
リーの言葉が気になり思わず声が漏れてしまった。
それに反応したのは大精霊だ。
彼女は急に鼻をひくひくさせると、俺の方へと歩み寄ってくる。
そこへ声を上げたのはリーだった。
「ツムギとオウカは下がってください! 彼女に一切触れないでください!」
常に無表情で淡々としていたリーとは全く違う、わかりやすいほど焦った様子。
俺は反射的にオウカの襟元を掴んで後ろに――
しかし、気が付いたときには大精霊が俺に抱きついていた。
金色の髪が目の前で大きく舞う。
「これは――王子様の匂い!」
大精霊の頭が擦りつけるように左右へと振られる。
王子様? 何のことだ。
お姫様になりたいから、王子様を探している、のか?
「クィ! あなたが触れると」
「んー、リーちゃんはいつも煩いのです」
怒りを露わにするリーに対して、大精霊が小さな右手を伸ばした。
「うっ!?」
リーの表情が歪む。
痛みを感じたかのように、目元を手で覆う。
「触れると、どうなるんです?」
「一体、いつの間に」
二人が何を言っているのか。
その答えがすぐに俺の視界にも映った。
リーの瞳から青い靄が現れ、それは紐の様に伸びて大精霊の手に握られていた。
脳裏で、それが何なのかと――。
『
「邪視!?」
「鳥を潰した時ですか!?」
「あの伝書鳩、ですか……」
「リーちゃん、触れると、こうなるんです?」
大精霊の腕から靄が抜け、リーの瞳へと吸い寄せられていく。
同時に――リーが悲鳴を上げた。
「ああああぁぁっぁぁああああ!!??」
「リー!?」
「リーさん!?」
リーが両手で顔を覆いながらその場に崩れる。
俺は――動けない。
大精霊のせいなのか? 身体が俺の指示に反応しない。
代わりに、オウカが俺の手から離れてリーの元へと駆け寄る。
「リーさん!」
「オウカ、にげ――」
次の瞬間――
リーの瞳から巨大な蕾が膨らみ――大輪の青い花が咲いた。
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