第123話 自問自答
再び訪れた鏡の世界。
周辺には俺とクラビーが何人も映し出されている。
「クラビー、目を開けてみろ」
「は、はい?」
クラビーが目を開けると、そこにはライムグリーンの、クラビーの本当の瞳がある。
「あ、あれ、見える?」
「ここは精神世界だからな。記憶の視覚情報が映し出されているだけだ」
「そう、ですか。それでも、またツムギさんのお顔が見れて嬉しいです」
クラビーが目を細めて笑みを浮かべる。
その表情は、無自覚に、無意識に、俺の心を僅かに抉る。
そう感じてしまうのはわかっていた。
だから、これからすることは、俺のささやかな罪滅ぼしだ。
「このアビリティは、本来自身の精神を統一して集中力を高めるためにある」
「精神統一、ですか」
「精神統一はあらゆる神経を研ぎ澄ます。
逆に、不必要な感覚を殺すことも行う」
俺は歩き出し、近くの自分と重なり合う。
「己が何者か。己が何なのか。
何を得て、何を捨てるべきか。
心の奥底まで、自分に問うんだ」
「……わかりました」
クラビーが歩き出す。
「クラビーは小さな時からおっちょこちょいでした。
そのせいで、誰もクラビーとキズナリストを結んではくれませんでした。
クラビーは、半ば諦めがちにそれを受け入れていました」
一人目のクラビーと重なり合う。
「冒険者になってみたものの、なかなか上達せず、生活も苦しくなるばかり。
そんな中、キズナリストを結ばない冒険者の話を聞きました」
語りながら、クラビーは次々と鏡の自分と重なり合っていく。
「最初はすごい人もいるんだな程度でした。なのに、ある日からその人に会わなきゃいけないと強く思いました。いま考えれば、あの時からクラビーには邪視がついていたんでしょうね」
邪視の目的は俺だった。
俺に近づくために、最初かクラビーを利用していたのだろう。
「でも、会いたいと本当に思っていたのはクラビーだったんです」
最後の一人。
「ツムギさんはクラビーにとって憧れになっていたんです」
重なり合い、片方のクラビーが消えていく。
「結果がどうであれ、ツムギさんと少しでも冒険できてよかったです。
クラビーは、冒険者をやめます」
「……そうか」
「これで終わりですよね?」
クラビーがくるりと回ってこちらへと振り返る。
その表情はどこか晴れやかなものだった。
たぶん、クラビー自身で何度も自問自答をしたのだろう。
そして、冒険者をやめる決断をしたのだと思う。
「最後だ。目を閉じろ」
「はい」
「お前にはもう視覚はない。目で見るという感覚を捨てろ。
自分に残された感覚をすべてイメージするんだ」
「はい」
クラビーが大きく深呼吸をする。
「クラビーはまだ触れることができます。
クラビーはまだ聞くことができます。
クラビーはまだ味わうことができます。
クラビーはまだ嗅ぐことができます。
何も、何も恐れることは――ありません」
瞬間、世界に風が吹いた。
恐怖や不安をすべて吹き飛ばしてくれそうな、とても強い風だ。
ガラスの砕ける音が響き渡り、煌めく破片が上空を舞う。
これで完了だ。
***
元の世界に戻ると、クラビーが何か驚いた様子で自身の両手に顔を向けていた。
ベッドから降り立ち上がる。
そのまま歩き出すと俺の前で止まり、片手を俺の頬へと添える。
「ああ……わかります。ツムギさんの温度や輪郭がはっきりと」
「ど、どういうことだね。君が何かをしたのかね」
ハインゲルさんが驚きの声を上げて俺に問いかけてくる。
俺は敢えて首を横に振る。
「クラビーが自身で辿り着いた結果ですよ。俺はその機会をプレゼントしただけです」
いまクラビーの四感は通常よりも研ぎ澄まされて、視覚情報を補うレベルで働いてるはずだ。
「見えないですが、どこに何があるのか、そうしたものが感覚的に分かるんです」
「ただし、その感覚を自身のものとして身につけられなければ、次第に感じ取れるものも薄れてゆく。
ここからはクラビー自身の努力で変わる」
「わかりました……クラビー、頑張ります!」
そう言うと、クラビーは俺に抱きついてきた。
胸元に顔を埋めて小さく呟く。
「ありがとうございます、ツムギさん。大好きです」
俺は無言でクラビーの頭と顎を撫でる。
「えへへ」
クラビーの喉がゴロゴロと鳴った。
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