第119話 青い鳥

***


「戻ってきたか」

「ツムギ様!」


 視界がダンジョンの中へと変わった。

 どうやらアビリティの効力が切れたらしい。


 オウカとリーが俺の元へと駆け寄ってくる。


「クラビーさんは」

「オウカの言う通りだったよ。

 クラビーはちゃんといた」


 碧鏡の我エルゴニドは己が内面を映し出す、なんて言ったが。

 正直に言えば精神統一を行う魔法である。

 集中力を高めて五感を研ぎ澄ます。

 逆に相手を巻き込めば動揺を生み出すことができる。


 だが、俺がクエストで初めて使った時は戸惑ったものだ。

 大抵のモンスターは知能ではなく本能で動いている。そうしたものにはこのアビリティは効かない。

 自分を問うなんて発想がそもそもないからだ。

 逆に人類になれば効果は絶大。クラヴィアカツェンのように、余計な思考を巡らしてシンプルな答えに辿りつけなくなる。


 対人アビリティと呼ぶに相応しいだろう。ドラゴンがこのアビリティを使う必要があるのかわからないけど。


 そんなアビリティなので、自身の内面、深層心理へと潜り込む過程があるのだ。

 もしクラビーの人格が実在して乗っ取られているというなら、そこへ行けば本人がいるのではないかと踏んだ。

 思惑通りに事が運んでよかった。


 膝をつき顔を俯かせているクラビー。

 その目元から青い液体がドロリと垂れて落ちた。

 それは蠢きだすと、徐々に形を成し青い鳥の姿へと変貌する。


 鳥の青い瞳がこちらを見つめ――


『オールゼロはいつか貴様を殺すと言っている』


 言葉を発した。


『しかし、邪視教としては事情が変わった。

 貴様にはまだ死んでもらっては困る。

 オールゼロには私から告げておこう。

 まだ時は来ていないと』

「勝手にしろ」


 そう一言だけ答えると、鳥は言葉を続ける。


『最後になるが、クラヴィアカツェンは忠告したはずだ。

 リスクが起こるかもしれないと』


 青い鳥が羽を広げて――こちらへと飛びかかってきた。


「くどいですよ」


 飛び込んできた鳥をリーが空中で掴む。

 そのまま力を込めて握りつぶすと、小鳥は煙となって消えた。


運命さだめあるものに奇跡を、抗うものに呪いを。

 邪視は貴様をずっと見ているぞ』


 ストーカーかよ。怖いわ。


「今のが邪視の正体か」

「消した……という感触ではありませんでした。

 逃がしましたね」

「それよりもクラビーさんを」


 オウカがクラビーへと駆け寄る。


「クラビーさん、クラビーさん大丈夫ですか!?」


 声を掛けるが、反応がない。

 ステータスを確認するが正常だ。


「気絶しているだけだ。早く運び出してやろう」

「先に、先に両目を何とかしないと!」

「やめろ、オウカ」


 クラビーの双眸が失われていることに気付いたのか、オウカが回復魔法をかけようとする。

 俺はその肩を掴んで止める。


「意味がない」

「そんな……」


 クラビーのステータスはなのだ。

 レベル20代相応のバランスにHPもMPも回復しきっている。


 それは即ち、失われた目は回復魔法で戻せないということだ。


「――オ、ウカさん」

「クラビーさん!」


 オウカの頬にクラビーの手が添えられる。

 意識が戻ったらしい。


「クラビーさん、ごめんなさい。私たちクラビーさんを守れなくて」

「いいんです……これは私の落ち度です。

 ふふ、初めて触れましたが、オウカさんの顔はこんなに小さかったんですね」


 クラビーがもう片方の手でオウカの顔を包む。

 オウカは嗚咽を漏らしながら「ごめんなさい」と繰り返していた。


 魔族が襲来し、結果としてギルマスや多くの冒険者、そしてクラビーの目を失った。

 俺たちは何も守れてはいない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る