第118話 碧鏡の我
――瞳を開ければ、そこには自分がいた。
その奥にも自分、さらに奥にも。
重なるようにして、何人のも自分がいる。
それ以外は黒。
合わせ鏡のような世界だ。
「な、なんですか、ここは」
隣で尻をついたクラヴィアカツェンが動揺した声を漏らす。
その周辺にも、何人ものクラヴィアカツェンが映し出されている。
「アビリティ、
己が内面を映し出す竜のアビリティ」
「竜だぁ? ふざけないでくださいよ!
魔族にも勝てないあのドラゴンたちがこんなアビリティを持っていると!?
そこに何の意味が。
それに、あなたがそれを使える理由には――」
立ち上がったクラヴィアカツェンの言葉が止まる。
何かに気付いたかのように目を見開いていた。
「……ドラゴンは亜人になれるという噂話が……。まさか」
スキルの擬人化のことだろうか。
確かに、名前からして人の姿になるものだろう。
勘違いするのも仕方ないか。
「そんなことはどうでもいい」
俺は歩き出す。
鏡に近づくように、目の前の自身も歩み寄ってくる。
そして、重なり合うと片方の俺が消えた。
「このアビリティは、自身が何者か、何なのか。
それを突きとめなければ出ることを許されない」
「ふっざけないでくださいよ!
こんな場所すぐに――」
そう言って彼女は走り出した。
近くに映された自分と重なる――が、それは消えることなく、動揺した彼女と同じ動きを取る。
「ダメだな。己を知る気がなければそれは消せない」
俺はさらに歩いて、鏡合わせの自身と重なり合っていく。
そうして徐々に俺の姿は減っていき、クラヴィアカツェンのものだけが残る。
「くっ……」
「そうか、お前には消せないか、クラヴィアカツェン」
「なにを」
「お前はクラビーでもない。何者でもない。
問えないんだな、自分を」
もうこの場には他の俺の姿はない。
しかし、俺は歩き続ける。
何人かのクラヴィアカツェンを通り抜け――そのうちの一人の前で止まった。
その姿だけが、俯いて膝を抱えたまま座っている。
「見つけたぞ、クラビー」
「ツムギさん……」
俺の声に反応して、その顔が上がる。
双眸は失われていた。
彼女の視界を覆っているのは闇だった。
俺はしゃがみ込んで、何事もないかのように、銀の髪をがしがしと撫でる。
「変なのに乗っ取られやがって、このポンコツ。帰るぞ」
静かに告げる。
「はい……はい」
闇の淵から涙が零れていく。
クラビーの手を掴んで立ち上がらせる。
「冗談じゃないですよ!
クラヴィを置いていく気ですか!」
声を荒げたクラヴィアカツェンが俺たちに向かって飛びかかってきた。
拳を握り締めて殴りかかってくる。
鈍い音が響いた。
彼女が砕いたものは――鏡。
俺とクラビーの姿にひびが入る。
「残念だがお前には辿りつけないよ、クラヴィアカツェン」
「なっ!?」
黒い世界にもひびが入る。
上から砕け始め、破片がクラヴィアカツェンに向かって落ちていった。
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