第117話 別人

「本当のクラビー?

 何を言ってるんですか」


 クラヴィアカツェンが鼻で笑う。

 しかし、オウカは表情を崩さない。


「あなたとクラビーさんは別人です。あまりにも匂いが違いすぎます」

「そんな理由で、私がクラビーでないと?

 演じていたとは考えないんですか」

「違いますね。あなたはクラビーさんの人格に入り込んでいるだけの、まったくの別物です」


 沈黙が生まれる。

 つまりクラビーはクラヴィアカツェンの演技ではなく、まったく別の存在であるとオウカは言いたいらしい。

 見た目は変わっていない。しかし中身が違うということか。

 アビリティにそれらしきものはなかった。

 考えられるとしたら多重人格のようなものだが……。

 それなら。


「オウカ、俺に任せてくれないか」

「ツムギ様」


 オウカとリーの隣まで歩み寄り、クラヴィアカツェンへと視線を移す。


「もしこいつの中に本物のクラビーがいるなら、俺のアビリティでなんとかなるかもしれない」

「アビリティですか」

「やれるものなら、やってみるといいですよ」


 クラビーが声を張り上げる。


「その代り、ツムギさんにどのようなリスクが起きるかは知りませんけどね」

「リスク……?」


 何の話だ。


「アビリティ――無足歩行アプスウィープ


 リーが魔法を発動した。渦が現れたのはおじさんとお姉さんの足元だった。


「は!? おいぼ――」

「きゃぁ!?」


 二人が渦の中へ落ちていく。


「ダンジョンの外までは通じないようですね。

 二人は別のエリアに移動させました。

 無関係な者は不必要かと」

「ありがとう」


 リーは何かを察して部外者を移動させてくれたらしい。


「それじゃあ、そのリスクとやらを教えてもらおうか」

「教えるわけないでしょう? 素直に魔法を使えばいいじゃないですか」

「……それもそうだな」

「ツムギ様、危険です。何をしてくるかわかりません」

「いや、俺には絆喰らいあれもあるし、最悪リーがどうにかしてくれるだろ」

「信頼していただき光栄です」


 オウカの制止を振り払う形となるが、ここはリスクを取っても知れることを知ったほうがいい。

 それに、これはクラビーという人格が実在したのか、取り戻せるかの可能性を掴むためでもある。

 ただし、このアビリティはクエストで一度使っただけで、これで二回目になる。

 一度目の時は俺にしか効果がなかった。

 どこまでできるかは分からない。

 できることをするだけなんだ。


 それでも――


「この世界を知り得なければ、俺は俺の大切なものを守れないかもしれない」


 ――踏み込むべきだ。


 俺の黒い瞳と、クラヴィアカツェンの青い瞳が重なる。


「アビリティ――碧鏡の我エルゴニド

 

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