第110話 条件

「おじさん、攻撃は控えてくれ」

「お、おい、ぼっち」


 おじさんの制止を無視して俺は歩みを進める。


「あら、お兄さんは自殺願望をお持ちで?」

「いや、俺は死んでも生きていたいと思うタイプだぜ?」

「あらあら、ぼっちなのに、意外な思想をお持ちなのね」


 クラヴィアの前で立ち止まる。

 見つめた少女が鼻で笑うと、


「障壁は無意味ですわ。

 アビリティ――青い唇メロウフェロウ

「Bタイプの位置情報伝達で――って、ギルマスさんストップです!」


 アビリティによって、おじさんの魔法を無効化したのか。

 お姉さんが事態に気付いて喋るのを止める。


「分かりまして? こうしてすべてを現実にする。

 お兄さんは死わざわざ死ぬために来たのですわよ?」

「ああ……じゃあ殺せよ」

「…………」


 互いに睨みつけ合う。

 しかし、クラヴィアは一向に何かをしてくる気配はない。


「ぼっち! もういい離れろ!」


 振り返ると、おじさんが弩を再度構えていた。


「無意味だ。その攻撃はこいつに届かない」

「それでも、お前を殺すと言っている魔族の前に、お前が立つ必要はない!」

「たとえアビリティが効かなくてもか?」

「そうだ……だから、俺たちを庇うようなことはやめろ!」


 おじさんは大きな勘違いをしているみたいだ。


「俺はみんなを庇うために、殺せと言ってるわけじゃないぜ?」

「なら、なんで……?」

「結論は出ている。

 いま俺が生きているのがそれだ」


 おじさんが眉を顰める。

 回りくどい言い方では察してもらえないらしい。


「青い唇は、こいつの言葉を現実にするものだ。

 ただし、それには条件がある」

「条件……?」

「そうだろう? クラヴィア」


 クラヴィアの方に向き直ると、まるで人形のような、無機物じみた表情が俺のことを見ていた。

 それが俺の考えの確信に繋がっていく。


「俺は殺せと言っている。

 お前の言葉が現実になるというなら、一言いえばいい。

『死ね』とな」


 ようやく、おじさんから「あっ」と声が上がる。


「一言で俺を殺せる。なのにそれをしない。

 戦闘を楽しみたい? そんなわけないよな。

 わざわざ出向いてまで殺しに来てくれたんだ」

「……」

「魔法やそれで生まれたゴーレムは自我がない。

 だからお前の言葉はそのまま受け入れられる。

 しかし、人間……人類は違う。

 俺たちには自我があり、考えがあり、感情がある。

 ――お前の能力は、相手に承認されなければ発動しないんだろ?

 相手に、その言葉が事実になると思い込んでもらわなければ意味がない」


 にぃ、とクラヴィアが笑った。


「短時間でその考えに至るには、この世界ならぬ独自の考えが必要ですわ。

 お兄さんにはご褒美としてキスでもあげたほうがいいかしら?」

「結構。鉄の味しかしない唇に興味はない」


 言い返すと、クラヴィアはなおも楽しそうに舌なめずりをする。


「まずは魔法を無効化してみせる。魔法が効かないとわかったところで、アビリティの説明をする。そうすることで、俺たちに強力なアビリティだと思い込ませようとした。

 それでも俺に死ねと言わなかったのは、単純に俺が信用しきっている確証がなかったからだ」


 そう言いながら俺は彼女へと両腕を伸ばし、人間のによく似た魔族の耳を両手で塞いだ。

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