第100話 青

「……どういうことだ」


 ギルマスの顔がさらに険しくなった。

 俺もどういうことかわからない。


「そういえば、下僕になるとか言ってたな……」

「はい」


 俺の呟きに対してリーが首肯する。

 あの時はクエストを出ることを優先してしまったが、よくよく考えてみれば無視していい内容ではなかった。


「リー、改めて確認したいんだが、契約ってのは具体的にどんなものだ?」

「吾が汝に尽くす契約です」

「…………それだけ?」

「はい」


 具体性のかけらもない。


「もう少し詳しく」

「精霊は契約者によって存在の大きさが変化します。

 よって、力のあるものを見定め契約を交わし、生涯尽くすのが存在意義であると言えるでしょう」

「それなら、前の契約者はどうした。街を一つ守るだけの存在を与えてくれたってことだろ?」

「以前の契約は複数人……正確に言えば街という土地そのものとの契約です。

 土地に生きるもの全てから少しずつ力を貰うことで存在していました」


 精霊の存在が契約者の力によって決まると聞いて、黒騎士やワープできるアビリティを与えられるほどの力を持った人がいたのかと思ったが……。

 なるほど、街を一個体として契約していれば、栄えるほどに強大な力へと変換されるわけだ。


「しかし、契約媒体が破壊され、残された力で自身の再構築を行いました。

 その際、ツムギが契約に値する力を秘めていると判断し、いまに至ります」

「俺と契約したから、街とはもう契約できないと」

「契約は最後まで履行されます。切れるのはツムギの命が尽きた時でしょう」


 淡々と述べるリーの傍らで、ギルマスの眉毛がピクピクと痙攣し始めていた。

 今にもぶち切れて全身を黒い炎で包みそうな勢いである。


「お、俺はお前と契約を交わした記憶はないぞ?」


 一応反論する。俺が知っている契約といえば、オウカの時の様に自身の血を飲ませるようなことだ。


「額に契約の行為をしましたが?」


 なんで忘れてるのといいたげに答えられた。

 そういえば、確かにそんなことされた気がする。


「なあツムギよ、俺はギルマスとしてお前を殺せばいいのか?」

「ちょぉっと待ってくださいね?」


 クエスト失敗どころか、街を守っていた精霊を横取りしたとなれば、ギルマスの額に血管が浮かび上がるのも仕方ない。


 と、空気が冷たくなってきた部屋に、急かす様な短い間隔のノックオンが響いた。

 ギルマスがすぐに立ち上がってドアを少しだけ開いた。


「…………わかった」


 何かを聞いたギルマスの表情が冷静なものに戻る。


「ツムギ、精霊についてはとりあえず明日にしよう。

 俺は急用ができた。今日は帰ってもらっていい」

「はあ……」


 これ、後回しにしていい話なのだろうか。


***


 リーを再びオウカの頭巾に忍ばせて、三人でギルドを出る。

 結局クラビーは来なかったな。


「さて、オウカは聞き取れたか?」

「大丈夫です」


 さすがは狐耳。大きくてもふもふなだけじゃない。


「あのノックはたぶん、緊急時用の特殊なものだ。

 俺たちに聞かれては困るような、な」


 普通はノックしたものが中に入ってくるが、今回はギルマスがすぐに動いた。普通なら「入れ」とか言って相手が入ってくるはずだ。

 そうでなかったということは、あれが何かしら特別な叩き方だったのだろう。


「具体的なことは何も言っていませんでしたが、すぐに守衛所に来てほしいと。

 特殊な言葉を言っていたので、何かしら暗号が含まれていたかもしれません」

「一応聞き耳対策もしてるのか」


 それでも、守衛所で何かがあったことだけ分かった。

 まあ、一緒にこいとも言われなかったから、俺たちには関係ないことだろう。

 よくできましたと、オウカの頭を撫でる。


「吾が潰れてしまいます」


 リーがいたんだった。


「一応、近くまで行って覗いてみるかなあ」

「あの、ツムギ様。私はお休みをいただいてもよろしいでしょうか?」


 どうしようか悩んでいると、オウカから突然休暇の申告。


「リーさんも増えたので、いろいろ買い足したほうがいいかなと」

「そうだな。じゃあ俺は新しい宿でも探してみるかな」


 オウカのアイテムボックスに銀貨をいくらか移す。


「それでは行ってきます!」


 オウカがリーを頭にのせたまま、露店の並ぶ方へと走っていった。姿が見えなくなるまで見届ける。


「じゃあ俺も一人で――」

「アラぁ?」


 オウカの走っていった道と真逆の方を向くと、目の前に女の子が二人いた。

 ピンクの甘ロリな服装に、ツインドリルの髪型は瓜二つ。

 唯一違うのは、黒い髪と白い髪であること。

 透き通るような白い肌と対照的な赤い瞳は、まるで無機質な人形のようにこちらを見つめていた。


「お兄さん、ぼっちですの?」


 黒い髪の子がクスクスと笑う。


「キズナリストが0ですわね」


 白い髪の子がクスクスと笑う。


 街では初めてみる奴らだ。

 

「誰だ?」

「あらあら、その声、その声ですわ」


 問いかけると、白髪の子が突然嬉しそうな声を上げた。


「素敵ですわね。とっても素敵で、お友達のいない、ぼっちなお兄さんのお名前を伺いたいのだけれど」


 黒髪の子が問いかけてくる。

 こんな不気味な状況で、安易に名前を告げる理由は――


「ツムギさんー! 見つけたー!」


 後ろからクラビーの声。

 こういう時に限ってあん野郎!


「ツムギってお名前なのね」

「ぼっちなツムギに」

「伝えたいことがありましてよ」


 白黒白と交互に喋り、

 そして、黒が顔を数センチの距離に近づけてきた。

 赤い瞳が一瞬閉じられ――


 再び開かれたそれは青だった。


『冒険者ツムギよ。君の名を知れたお礼に、我の名も覚えてもらおう』


 少女から発せられたのは、聞き覚えのある、低く野太い声。

 アンセロを倒したダンジョンで遭遇した――魔族!


『我が名はオールゼロ。

 約束通り、殺しに来た』

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