第98話 身体にお支払い

 ツムギたちがギルドへ到着した頃。

 


 街の正門で、一人の守衛が空を眺めて大きなあくびをしていた。


「暇だ」


 今日は特に。と付け足す。

 時間は王の光刻前だろうか。実はもう過ぎているのかもしれない。

 守衛は少し暑いくらいの気温でウトウトとしていたために、鐘の音を聞いた記憶がなかった。

 もし王の光刻を過ぎているのであれば、もうすぐ交代でお昼にありつける。


 それでも、一応は最後まで仕事を続けなければならない。たとえウトウトしてしまったとしてもだ。


 守衛の仕事は、街を出入りする冒険者や商人を確認すること。

 街から出ていく冒険者ならギルドカードを。商人なら荷馬車に刻まれた精霊の模様を。


 不審なものが出入りしようものなら、声をかけて話を聞く。

 まあ、そんな輩は滅多にいないが。


 南では比較的大きな街であるソリーだが、何か悪だくみをして得をするような場所でもない。


「暇だ」


 守衛は再度呟く。

 王都で騎士団候補として訓練していた時期を思い出す。

 今となっては、こんな田舎でのんびり仕事をしているほうが性に合っているのだが。


 ――と、門の外に人影を見つけた。

 仕事の時間である。


 ゆっくりと近づいてくるのは、冒険者だろうか。


 ――否、それは子供だった。

 幼い少女が二人。


 淡いピンク色のブラウスに、パニエで膨らんだスカート。

 大きなリボンを頭に乗せており、その髪型は縦ロールの黒と白。

 対照的な髪色の二人だが、そのどちらもが赤い瞳で、まるで人形のように整った顔立ちをしていた。


 守衛も最初は人形が歩いているのかと疑った。

 まあ、人形なんて高価なものは、街のお店で一度見かけただけなのだが。

 恋人がとても欲しがっていたのを彼は思い出す。


「あら、本当に入れるようですわね」

「守護が解けるというのは本当だったのですわね」


 クスクスと小さな笑い声を漏らしながら、少女たちが門の前にたどり着く。


 どこかのお嬢様、いやお姫様だろうか。

 お姫様なんて、ハーニガルバット王国の王女たちしか知らない。

 こんな小さなお姫様がいたという話は聞いたことがない。


「えーっと、お嬢さんたち? どうしたのかな? 迷子? お付きの人とかは?」


 仕事は仕事なので、守衛は二人に話しかけた。


「あら、お勤めご苦労様ですわ。お兄さんはキズナリストが10もありますのね」

「ワタクシたち、街の中に入りたいの」


 少女たちが守衛を見つめる。近くで見れば、本当に人形が喋っているようだ。

 少女たちの首元には03と04と刻まれていた。白い髪の子の方が一人多い理由は何だろうか。


「街の中に入るには、身分を証明できるものが必要なんだよ。たぶん、ここにくるまでに乗っていた馬車に精霊の模様が刻まれていると思うんだけど……」


 守衛はできるだけ優しい口調で説明する。

 そもそも、いいところの子供が二人きりで歩いているのがおかしい話だ。

 もしかしたら、外で馬車がモンスターに襲われたのかもしれない。それなら一大事だが。


「そうでしたの。困りましたわね」

「ワタクシたち、歩いてここまできましたのに」


 馬車、ではないらしい。

 歩きとは……森の中をだろうか? それなら余計おかしい。


「身分を証明できない場合、ここで仮証明書が発行できるけど……お金がかかるよ?」


 一応、対応策を提案する。

 たまたま訪れた冒険者や旅人のために、仮証明書を用意できるようになっている。

 しかし、身元不明の人物を街に入れるので、そこそこお金がかかる。

 金額以前に、スプーンとフォークしか持ったことなさそうな少女たちが、その派手な服のどこかに硬貨を入れているとはとても思えない。


「ワタクシたち、お金は持っておりませんわね」

「必要ないですもの」


 案の定、少女たちはそう答える。


「それじゃあ――」

「――ナラ」


 突然。

 黒色の髪の少女が守衛に顔を近づける。

 赤い瞳が、やけに艶めかしい視線を向けてきた。

 近くで見れば、ため息が出そうなくらい本当に綺麗な顔だった。


「お兄さん、代わりと言っては何ですが、

お支払いいたしますわよ?」

「え?」


 少女が何を言っているのか分からなかった。

 まるで娼婦みたいなことを言い出したなと思ったが、本当にそんなことを言っている。


「ワタクシたち身体――美味ですのよ?」


 少女が舌舐めずりをして、誘うような笑みを浮かべた。

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