第96話 ゴロゴロ

「じゃあ行こうか。とりあえずリーはオウカの頭巾にでも潜っていればバレないだろ」

「はい!」

「お願いします」

「うう~クラビーも~」 


 リーがオウカの頭巾の中へと入っていく。

 深夜ながらも賑やかなメンバーで街の正門を目指す。


「――!?」

「ん?」


 隣にいたオウカが突然、森の方へと大きく振り返った。

 それはまるで、何かの気配に感づいたような。

 しかし、俺は何も感じていない。


「オウカ? 何か近くにいるのか?」

「……いえ、なんだか少し、甘い匂いがした気がしたんですけど……気のせいだったみたいです」

「甘いのは二人のいちゃつき方じゃないですか~? かーっぺ」


 俺とオウカが森を確認しているのに、クラビーが唾を吐き捨てながら口を挟む。


「クラビー……やさぐれすぎだろ」

「いいですもん。どうせクラビーはのけものですもん。本当の愛はここにはありませんっ」


 唇を尖らせたクラビーがぷいっとそっぽを向く。

 うーん……。


「クラビー」

「のけものクラビーに何かご用でっ、えっ!?」


 真面目なトーンで声を発する。

 クラビーに歩み寄ると、その視線が少しだけこちらを向いて驚きに変わる。

 俺の黒い瞳、クラビーのライムグリーンの瞳。その距離わずか数センチ。

 クラビーの脚が後ろへと動くが、俺も同時に動いて距離を離すことはしない。

 そのまま、クラビーの背中が一本の樹木にぶつかる。


「あ、あの、ツムギ、さん」

「……」


 クラビーの紅潮した頬に両手を添える――。

 不安の入り交じっていた彼女の視線は、何かを決意して閉じられる。


 そして俺は――


 頭と顎に手をスライドさせて、思い切り撫でまわした。


「寂しいなら寂しいってはっきり言わないと。

 表情だけじゃなくて言葉にしないと伝わらないこともあるからな」


 わしわし、なでなで。

 クラビーの髪の毛は少し固い。しかし艶やかさは確かなもので、オウカの髪とはまた違った感触である。

 猫って顎撫でられるの好きだったかな?


「……ツムギさんは、言葉にしないと伝わらないタイプですか」

「ん? そうだな」


 再び瞼を開いたクラビーが目を細めてこちらを睨んでくる。


「今のクラビーの気持ちは伝わりませんか」

「それはわかるぞ。ほら」


 顎をすりすりと撫でると、喉がゴロゴロと音を立てる。

 これあれだろ。嬉しい時の音。

 近所に猫いなかったし、猫を飼っている友達どころか友達自体がいなかったから情報源がテレビだけど。


 こちらを睨みつけたまま、クラビーの表情がさらに赤くなる。

 睨みながら赤面って、なんだかこちらが悪いことをしている気がしてくる。

 撫でているだけなのに。


「ツムギ様、クラビーさんが寂しがってると思って撫でたんですか?」

「え? うん?」

「素ですか……」


 オウカが呆れた感じの表情を浮かべて、溜息を吐いた。


 あれ? 拗ねてるから撫でてあげようって流れじゃないの?


***


 ツムギたちが改めて正門へと向かっていく。

 その様子を、遠く、とても遠い森の奥から。

 二つの赤い双眸が見つめていた。


「やっといきましたわね」

「やっといかれましたわね」


 森の中で聞こえる、幼い少女の声が二つ。


「あの方は気づかれたようですね」

「さすが……種族でも頭ひとつ抜けていますわね」

「甘い匂いですって」

「甘いですってね」


 くすくす、と小さな笑い声。


「向かうのは月が落ちて、陽が昇ったら」

「正午ですわね」

「王の光刻だなんて、随分と大物になりましたわね」

「小さな存在ですのに」


 布と布が擦れあう音。肌と肌が触れ合う音。


「鮮やかな華を咲かせるまで」

「ワタクシたちも、楽しみましょう」


 ねとり、ねとりと液体の絡み合う音が、夜の森の中で微かに聞こえたのであった。

 

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