第89話 静謐な声
黒騎士の眼。
邪視……ではないな。
ますます、奴の存在が理解できないものになっていく。
ステータスが読み取れない。
異常な強さ。
魔法もほとんど効かない可能性がある。
なによりも、黒騎士の目的が見えない。
火球が消えたことで、洞窟内は真っ暗になった。
俺からは黒騎士の眼の位置が見える。だが、黒騎士も俺の位置を分かっているだろう。
状況的不利。
逆転の手は、アビリティくらいか。
スキルが効かなくても、アビリティなら効力を発揮する場合もある。それだけアビリティという存在は特別なものだ。
ここで試さない手はない。
「アビリティ――
使ったことのないアビリティを発動させた。
視界から闇が消えた。
地面が消え、壁が消え。
あるのは白い空間。
見えるのは、黒騎士だけ。
何もない場所に、ただ一つだけ異物があるような気持ちの悪い感覚。
「どうやら、一騎打ちできる場所に移動したみたいだな」
黒騎士に告げるように声を発する。
同時に、アイテムボックスから短剣を取り出した。
認識した敵を別の空間に呼び込んで戦いやすくするアビリティだろうか。
ドラゴンの基準で考えれば、周りに何かある場所よりも、こうした何もない空間の方が思い切り戦えるのかもしれない。
俺にとってはこれが状況を変えられるアビリティとはならなそうだが。
黒騎士に対してどこまで力を発揮すればいいのか皆目見当がつかない。やつの動きには何かしらの狙いがあるはずだが、それが分からなければ対策も思いつかない。
ただ倒すだけでいいのか。
しかし黒騎士が現れたのは、祠だった木片の上だった。
もしかすると、黒騎士は精霊に関係がある……?
考えている最中、黒騎士が動いた。
剣を握っていない左腕をこちらに伸ばす。
そして――
「再構成情報八割を回収」
静謐な声だった。
抑揚のない、機械じみた口調で発せられた女の声。
黒騎士のものなのか?
「一部の条件一致を確認。追加調査へ移行します」
システムボイスのような言葉を続ける黒騎士。
伸ばした腕から、黒い靄が生まれる。
その腕をゆっくりと、壁に張り付いたテープを剥がすかのように下ろしていく。
黒騎士は剥がしているのだ――この空間を。
靄の通った場所に線が生まれる。
そして黒騎士はが鞘から剣を抜いた。
どこまで黒い剣だ。
それを、線を裂くように振った。
途端、大きな破裂音と共に、空間が割れた。
視界には、暗闇。
見えるのは、黒騎士の翡翠色の光だけ。
ドラゴンのアビリティを無理やり壊したっていうのか?
思わぬ展開に変な汗が出てきているが、それでも逃げる術もなく戦うほかない、俺は武器を構える。
しかし、黒騎士の眼が揺れて真後ろに移動した。
そこにいるのは、オウカとクラビーのはずだ。
「オウカ! にげ――」
言い切る前に、翡翠色が消えた。
同時に聞こえてきたのは――オウカの悲鳴だった。
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