第88話 黒騎士

 目の前の黒騎士に対して、俺は動けないでいた。

 どこから現れた?

 いや、それよりもだ。


◆ソ・リー


 異界の眼を発動させたのに、情報が名前しか出てこない。

 なんだ、こいつは。


「ツムギ様!」


 オウカに全身を押される。

 何が起きたのか考えるよりも先に、目の前のオウカが消えた。

 いや、叩き飛ばされた。

 黒騎士が、どこから出したのかも分からない長剣を握っていた。

 鞘からはでていない。

 しかし――


「あぐぅ」

「ぐべっ」


 叩き飛ばされたオウカがクラビーと激突した。

 衝撃でクラビーが壁から外れて二人とも地面に転がる。


「くそっ!」


 状況判断もままならないが、黒騎士を敵と判断。

 普通のモンスターではない可能性が十分にあるが、危害を加えられたからには対抗するしかあるまい。


「スキル――竜威ゲウ


 スキルで黒騎士にプレッシャーをかける。

 大抵のモンスターなら、このスキルで身動きがとれなくなっていた。


 しかし、黒騎士はこちらを見るなり鞘に入ったままの剣を振り上げた。

 咄嗟に横に転がる。先ほどまでいた地面から破片が飛び散る。

 スキルが効かないとか聞いてない。


 ――と、鞘がそのまま横へと流れて俺の腹部にめり込んだ。


「うぉっ!?」


 身体が宙に浮いて風を切る。勢いのままに土壁へと衝突した。

 先ほどまでのクラビーと同様に、自分の身体が壁にめり込んだ。


「ツムギ様!」


 オウカの声に顔を上げる。

 黒騎士が鎧を揺らしながらこちらへと近づいてきている。

 一歩一歩がゆっくりで確実。

 何かを見定めるように、確認するように。


 弄ばれているのか……?

 遊びたいってんなら、遊んでやろうじゃねえか。


 力づくで身体を壁から剥がす。

 アイテムボックスから剣を――

 

 その動作が終わる前に、黒騎士が目の前にいた。

 いつ? 一瞬? 何も見えなかった?


 考えている間に、鞘の先端が俺の腹部に食い込む。

 痛みはない。防御力が高いおかげでダメージは少ない。


 しかし、こんなワンサイドゲームは面白くない。


 鞘をつかんで、黒騎士が離れないようにする。

 黒騎士の後ろには――いくつもの火球。

 洞窟を明るくするために発動していたものだ。

 発動する猶予を与えてくれないなら、発動していたものを使うしかないだろう。

 

 ――すべての火球が黒騎士を襲った。

 衝撃と、熱風と、土煙で視界が覆われる。


 さすがに――。


 が、


 「うっ!?」


 気を抜いた一瞬、手元から鞘の感触が消え、代わりに殴られたような強い衝撃が顔に走った。

 身体が地面を転がるが、すぐに態勢を直す。


 暗闇の中には、翡翠色の光。

 黒騎士の兜の中――目元がこちらを見据えるように光っていた。

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