第83話 ロックオン

「クラビーは何も知りませんでした! ツムギさん、もっといろいろ教えてください!」


 非常食を三人で分配した後。

 クラビーが目を輝かせ、身体を寄せて懇願してくる。

 あまり近づかないでほしい。ほら、オウカが頬を膨らませてリスになってるから。あまり人の胸元をみつめるんじゃありません。


「す、スキルは使ったことあるか?」


 とりあえず、思いついたことを口にする。スキル、つまり魔法は俺の世界にはなかったから、いろいろと実験したものだ。


「一応、風魔法を持ってはいるんですが……」


 そう言ってクラビーは茂みに手を向ける。


「祖の元、彼の元、風を導け――スキル発動」


 詠唱と共に、茂みが激しく揺れる。


「詠唱か……」

「な、何かいけませんでしたか?」

「いや」


 思い返せば、詠唱が使われている場面をほとんど見たことがない。俺然りオウカ然り。

 遡れば、地下に召喚されたときに魔法使いが唱えていたか。吹っ飛ばされたんだよな嫌な思い出だ。


 他にもギルマスや、センやナナも……あいつらが使ったのはスキルじゃなくてアビリティか。別物だな。

 一先ず詠唱については置いておこう。


「オウカ、少し奥の方まで行ってくれ」

「はい」


 オウカに指示して、俺たちの見える範囲で奥の方まで進んでもらう。


「それじゃあクラビー、オウカに向かって風魔法を放つんだ」

「はい……ってえぇ!?」

「静かに!」


 小声で伝えたにも関わらず、クラビーが大きな声を上げる。慌ててその口を押さえる。


「詠唱を途中まで唱えるだけでもいい。小声で、オウカに向かってだ」

「ん……んん」


 コクコクと頷いてもらったところで手を離す。


「知りませんよ……祖の元、彼の元、風を導け――」


 小声の詠唱が完成する直前――オウカが何かを察知したかのようにこちらへ振り返る。


「ストップだ。オウカ、戻ってきていいぞ」

「え、あれ、なんでオウカさんはクラビーが攻撃しようとしたのに気づいたんですか?」


 魔法を止めさせてオウカを呼び戻す。

 クラビーは何が起きたかわからない様子で首を傾げていた。


「いまクラビーはオウカに向けて魔法を放とうと意識しただろ?

 それがオウカに伝わったんだ」

「……伝わるんですか?」

「ああ。敏捷性に大きく差がなければ、スキルで攻撃されそうになると頭の中で気配を感知できる」


 以前、俺が森の中で攻撃されたときも、相手の攻撃を感知できた。

 つまり、魔法は相手を指定して発動するという特性がある。

  

 ステータスに続くゲーム的要素――「ロックオン」だ。的な。

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