第78話 記憶について

 翌日、ギルドの食堂にはシオンの笑い声が響いていた。


「あはははは! やばい、生え変わりって、ふふふ」


 目元に涙を溜めこみ、何度も笑いを抑えては吐き出す。

 相当ツボに入ったらしい。


「だって、ツムギ、あんなに、ふふ……あんなに悩んでたのに。

 それが生え変わりだったとか」


 お腹を抑え、机をバンバンと叩く。


「ほんとごめんなさい」


 その隣で、黒い髪になったオウカが申し訳なさそうに顔を俯かせていた。

 俺は頭巾越しにその頭を撫でる。


「気にするな、俺が確認もせず早とちりしただけだ」

「そうよ、ツムギが勝手に騒いでただけよあははははは!」


 シオンの追加攻撃に目元が引き攣るが、まあ今回は俺が悪いのは事実だから我慢しよう。


「それに、実際休暇を取っていなかったしな」

「私も休暇なんて考えたことなかったです」

「だめよオウカちゃん。休まないことに慣れちゃうと体が壊れても気づけなくなっちゃうんだから」


 シオンに言われて、オウカは眉間に皺を寄せて「うーん」と考え込む。


「どうせなら、必要な時に欲しいですよね」

「申告制か。その方がいいかもな」

「はい、また必要なときにお願いしてもよろしいですか?」

「おう、遠慮せず言ってくれ」


 そんなわけで、休暇についてはオウカの申告待ちとなった。


「話は戻るけど、オウカちゃんの生え変わりって年にどれくらいあるのかしら?」


 シオンが単純に気になったのか、オウカに問いかける。

 確かにこれからも生え変わりはあるはずだ。そうなると、その時期はクエストを休んだほうがいいだろう。

 遠征中にハゲましたなんてことになったら、オウカが可哀想である。


「四回ですね。妖狐族は季節ごとに髪と目の色が変わるみたいです」

「オウカちゃんは記憶喪失らしいけど、一般的な知識とかは覚えてるみたいね」

「はい、妖狐族の特性や、世間一般的なことはある程度。でも知らない常識もありますけどね」

「まだ若いんだから当たり前よ」


 シオンも14歳くらいだった気がするが。一番おじさんなのは17歳の俺である。そしてこの世界の知識を一番もっていない。


 と、記憶について一つ思い出す。


「そういえば、魔族と戦った時は、何か思い出した感じで攻撃してきたよな」

「あの時は本当に申し訳ございませんでした」

「いや、アンセロに操られてたんだから仕方ないとして、記憶の方はどうなんだ?」

「あの魔族に妖狐の村を焼かれ、仲間を全員殺されたという記憶でした。

 その後、私はあのダンジョンに連れていかれ、目の前でゴブリンの殺し合いを見せつけられていました」


 一瞬、言葉が出てこなかった。

 まさか、あの魔族がそんな残酷なことをしていたとは……。


「という記憶を植え付けられていました」

「え、植え付けられていたの?」

「はい、ツムギ様のアビリティを受けたあとに分かったのですが、その記憶は私を操るために植え付けられた偽物です」


 つまり、アンセロは偽物の記憶でオウカを奴隷にし、俺に売りつけてあの舞台を用意したと。

 用意周到というか、余計なことをしているというか。しかし、あの記憶が奴の攻撃の一つだったのなら、徹底ぶりはすごかったな。


「それじゃあオウカは結局、自身の記憶を取り戻していないんだな?」

「はい……」


 アンセロに消されたのか、それ以前からないのか。

 どちらにせよ、妖狐については何かしら動かないとオウカの記憶にはつながらないか。


「ねえねえ、あなたたち」


 悩んでいると、シオンが訝しげな表情でこちらを見つめていた。


「なんだ?」

「さっきから魔族魔族って、何の話よ」

「昇格試験の話しなかったか?」

「されたけど、魔族は初耳よ。

 それに――魔族って空想の生き物でしょ?」

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