第二章 目覚める者 訪れる者

幕間 眠り少女は姫を夢見る

 この世界にはいくつかの寓話が存在する。

 魔王であったり、竜であったり。


 その中でも一番身近で、一番遠いお話がある。


 それが「寝間着少女」と呼ばれるものだ。


 昔、この世界にまだ冒険者や勇者が存在していなかった頃。

 とある村に変な噂が立った。

 それは、真昼の森の中を一人の少女が彷徨っているというものだった。

 少女は寝ぼけているのか、寝間着のまま歩いていた。

 というよりも、寝ながら歩いていた。

 ぽつぽつと呟く言葉は「お姫様になりたいの」と聞こえたらしい。


 最初に見つけた男が少女に声をかけるも反応がなかった。

 隣にいたもう一人の男が少女の肩を掴んだ時。

 男は姿かたちを変え、凶暴な化け物になってしまったという。

 それから村では掟ができた。


「森で少女を見かけても話しかけるな」


 これは人型に擬態するスライムに気をつけろという寓話。

 もしくは夢遊病の患者に声をかけると、夢に巻き込まれるという話かもしれない。


 それから幾年か。その物語を語るものは少ない。


***


♪大きな箱をつくりましょう

 たくさんの猫をつめましょう

 しっぽにクギを差しこんで

 トントントントン

 ニャアニャアニャアニャア

 

 世界に箱をつくりましょう

 たくさんの人をつめましょう

 せなかに剣を差しこんで

 ザクザクザクザク

 ギャアギャアギャアギャア♪


 森の中で小さな歌声が奏でられる。

 枝で羽休めをしていた小鳥たちは、その声を聞くやいなや逃げるように飛び立つ。

 歌声は少女のものだった。

 幼い少女の声だった。


 草を踏む音。

 また草を踏む音。


 何も考えていなさそうな、綿々たる足音が森に木霊する。


 しかしながら、少女の声は楽しそうに歌い続ける。


 トントン、ニャアニャア。

 ザクザク、ギャアギャア。


 くすくすと笑いを漏らしながら、一人の音が続く。



 誰もその存在に気付かない。

 誰もその存在を語らない。

 誰もその存在は認めない。

 そこにあるのは少女ではなく――。



「ふぁ……早く、お姫様になりたいのです」


 大きなあくびを漏らしながら少女の声が呟く。

 眠り少女は、姫を夢見ている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る