第71話 宴

「特務Aランクは特に情報機密度が高いから、受けても口外しないよう気を付けてね」

「断ることは?」

「できないわね。ギルドと契約してる時点で分かってるでしょ?」


 身分やら何やら保証する代わりに働けと、そういうことか。


「特に南で大きな支部はここしかないから、変な事件が起きると大忙し。覚悟しといてね」


 マティヴァさんが可愛らしくウィンクするが苦笑いしか出てこない。


「でも、ツムギ様以外にも特務ランクの方はいるんですよね?」


 質問したのはオウカだ。


「いるとは思うけど、大抵はBランク以上で実力のある人がやってるから、手配が大変なのよ」

「手配?」

「街でBランク以上の冒険者をどれくらい見たことがある?」


 言われてこの二か月半を思い返す。


「確かに、ほとんど見かけた記憶がないですね」

「もともと数が少ないのもあるけど、Bランク以上になると遠出が基本だから、滅多に帰って来ないよのねぇ」


 エリート故に出張が多いということだろうか。

 ランクが上がるほど、ソリーを中心にクエスト範囲が広がっていると考えたほうが早いな。


「だから、Cランクで特務Aのツムギちゃんには特務依頼が来やすいかもねぇ」


***


 マティヴァさんからの今後の話が終わり食堂へと戻ってきた。

 何やら騒がしい。いつもよりも人が多い気がする。


「お、主役がやっときたぞ」


 そう言って近寄ってきたのは飲んだくれのおじさんだった。


「主役?」

「Cランクになったんだってな! さっき他の受付嬢が噂してたぞ」


 俺たちがマティヴァさんと話している間に広まったのか。

 これからCランクのクエストを受ける以上、俺のランクが知られるのは当然なのだが早すぎるだろおい。


「でだ、これから昇格祝いやろうってな」


 テーブルに座った他の冒険者たちが木製のジョッキを片手に声を上げたり口笛を吹いたりする。


「何かと理由をつけて飲みたいだけだろ?」

「分かってるじゃねえか」


 そう言いながらおじさんがまた髭を擦りつけようとしてくる。


「ツムギ様から離れてください! もぐもぐ」


 頭巾を被ったオウカが目を細めて、おじさんにフォークを向ける。

 なんでフォークを持っている。なんでもう口に食べ物を入れている。


「ほらほら、お嬢さんもこう言ってるし」

「どう言ってるんだ」

「今度俺の弓教えてやるからぁ」

「興味ない!」

「構ってくれよォ」


 おじさんが泣きながら脚に抱きついてくる。


「わかった、わかったから!」

「よっしゃ! みんなあ! 今日は主役のおごりだぞお!」


 おじさんの言葉にみんなが歓声を上げる。

 まて、奢るなんて一言も言っていない。そんなお金ない。


「ツムギちゃんツムギちゃん」


 背中をツンツンと突かれたので振り返ると、マティヴァさんが麻袋を抱えていた。


「これ、渡し忘れてたスライムの報酬。渡す前に昇格試験行っちゃったから」

「ありがとうございます」


 麻袋の口を開いて少しだけ覗く。

 大量の銀貨、そして真上に一枚の金貨が置かれていた。


「え、な」


 スライムでこんな金額になるはずがない。何がどうなってるのかとマティヴァさんに目で訴えかける。


「クイーンの魔石が思ったより高額だったのよ。それから、昇格祝いにギルドから少しおまけしといたわ」


 マティヴァさんがウィンクする。


「ツムギ様、今日くらい楽しみましょうよ!」

「だって、これはオウカが」

「私はツムギ様の奴隷ですよ? 私のものはツムギ様のものです!

 何も気にすることはありません」


 口元にお弁当をつけたオウカが俺に微笑みかける。

 差し出されたのはたっぷりと飲み物が入ったジョッキ。


 昇格試験を受けようとオウカを購入し、スライムを倒し。

 それから試験では他の冒険者を失いながらも、ダンジョンへと潜り、魔族を倒し。

 長いようであっという間の二日間で、

 いまオウカが笑っている。


 考えなきゃいけないことは、たくさんある。

 だけど、今日くらいは――。


「仕方ない」


 オウカからジョッキを受け取り、集まった冒険者の方を向く。


「全部奢ってやる。宴を始めよう! 乾杯!」


 ギルドに祭りの合図が響き渡った。


第一章 了

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