第74話 真面目に

「はぁ、まったくダメだなお前らよぉ」


 奥から大きなため息とともに、コツコツと足音が響く。

 右手には木杯。左手には串カツ。


「俺に任せろ」

「「おじさん!!」」


 ひどい見た目でかっこよく出てきたのは、いつもギルドで飲んだくれてるおじさんだった。ほんといつクエスト受けてるんだよ。


「お前たちは直接的すぎるんだ」


 おじさんは冒険者たちに木杯と串を渡し、俺とオウカの前に立つ。


「人って生き物はな、守りたいものがあるときこそ、冷酷になるんだ」


 そういっておじさんは何故か俺の手を握る。


「少年、俺とキズナリストを結ぼうぜ」


 全身に寒気がした。

 こいつを今すぐ殺したほうがいいと本能が囁いている気がした。


 しかし、それよりも先に、俺の前にオウカが立つ。

 二本の指先をおじさんの眼前に立て、


「離れて、消えて」


 声がすごく怖かった。

 女の子ってこんな冷たい声も出せるんだ……。


 対しておじさんは「ふっ」と息を漏らし。


「真に罵られたいなら、こうすることだ」


 瞬間、冒険者たちが歓喜の声を上げた。


 ……何がしたいんだこいつら。


***


「ツムギ様、私がクエスト探してきますね!」

「おお、いいの頑張って見つけてくれ」


 群がった冒険者たちを切り離した後、オウカはとてとてと小走りでクエストボードに向かっていった。

 ちらりと食堂を見回すと、見知った姿を発見。


「よう、シオン」

「気付かなかったら水魔法をお見舞いするところだったわ」


 緑の長髪を靡かせた奴隷商の少女がお茶を啜っていたので、向かい側に座らせてもらう。


「珍しいな、シオンがこんなところにいるなんて」

「どこかのバカが数週間ぶりに帰ってきたっていうから、やつれ顔を拝みに来たのよ。別に雨で商談が延期になって暇してたわけじゃないわ」


 暇だったんだな。


「顔を見せてくれたのは嬉しいけどさ、友達いないの?」

「ばっ……! あんたと一緒にしないでよ! いるわよ友達の一人や二人!」


 シオンが怒って唇を尖らせる。

 友達ってそんな数え方しちゃいけないと思うんだけど。ぼっちが言うべきじゃないか。


「それに、顔を見せに来たわけじゃないわ。ちゃんと商売しに来たの。

 ツムギ、あんたCランクになったんだから追加戦闘要員が必要でしょう?

 現状奴隷はオウカちゃんだけじゃない。新しく奴隷を買う気はない?」


 さすが商人魂を持っているだけあって、商売になりそうな相手を見逃さないな。

 だが、


「ないな。戦闘はいまのままで間に合っているし、何よりこれ以上奴隷を増やす余裕がない」

「余裕? ランクが上がってだいぶ稼ぎも安定しているんじゃないの?

 一人や二人奴隷を増やしたところで――」

「いや、シオン、真面目に聞いてくれるか?」

「……言ってみなさいよ」


 いぶかしげな表情を受かべたシオンだったが、俺の顔を見て真剣さが伝わったのが、居住まいを正してくれた。

 俺はちらりとオウカを確認する。オウカはまだクエストを選んでいる。

 ゆっくりと息を吸って、吐きだし――


「円形脱毛症ってどう思う」

「お前は何を言ってるんだ」


 当然の返事だった。

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