第60話 絶望

「ほらほらぁ、こちらもありますよぉ!」


 オウカの攻撃を躱している中で、アンセロが俺のより数倍大きい火球を放つ。人ひとり飲み込める大きさだ。


「ふっざけんなよ!」


 全力の水魔法を発動。腕から激流が放水されるが、完全に消しきれない。

 同時に、オウカのダガーが俺の腕に傷を付けた。


「こん馬鹿!」


 オウカに被害が及ばないよう腹部を思い切り蹴り飛ばす。同時に火球が俺に衝突した。が、いくらか弱めていたおかげでダメージは少ない。

 すぐさまアイテムボックスから回復薬を取り出し――


「させるわけないでしょう!」


 全身を切り裂くような突風に襲われる。

 手にしてた瓶が割れ、中の液体が飛び散る。


 くそっ、このままダメージを受けていたら――


 考えてる時に、重い何かがぶつかった。


 一瞬、気が逸れていた。


「死んで!」


 オウカの声が耳元で響いた。

 胸が熱い。脈動が止まりそうなほど、燃えるような感覚。


 胸元にダガーが突き刺さっている。


 しかし、俺はそれよりも、オウカの頭を優しく掴んだ。

 視線が交わる。


「俺をよく見ろ。自分の目でみるんだ」

「あなたが、村を、かぞく、を……あっ」


 金色の瞳に理性が戻っていく。


「なん、で、なんでツムギ様が、私は」

「大丈夫だ、敵にやられただけだ」

「で、でも回復を、あ、MPが……」


 森で回復してくれた時に使い果たしたのだろう。

 俺の目に映るオウカのステータスにはMPが0と表示されていた。

 ダガーは急所を外したらしく、虚ろな意識の中でも、まだ俺は確かに生きている。


「村のみんなが殺されて、私だけここに連れてこられて、閉じ込められて、それで」


 彼女の抱いていた違和感。記憶の片隅に残っていたものがあったのだろうか。

 騙されて、奴隷にされて、いまは主を刺してしまったと。

 オウカの手が震えている。

 その手を握ってやる。


「大丈夫だから」

「でもぉ」


 オウカの大きな瞳からポロポロと涙が溢れだした。


「はいはい、ドラマチックなのはそこまでにして」


 パンパンと両手を叩く音。

 アンセロがつまらない映画でも見ていたような顔で俺たちを睨んでいた。


「そんな表情で死んで欲しくありませえん。

 誰も助からない、誰も救えない。そんな絶望をご覧頂きましょう」


 アンセロが自分のローブについた血を掬いあげ、己の手の甲につける。


「デザートの時間ですよ」


 腕を前に出し、


「アビリティ発動――強制召喚パラドクサム


 瞬間、空間内が青白く輝き出した。


「ツムギ様!」


 オウカが涙を無理矢理こらえ、俺を守ろうと前に立つ。


 地面が揺れ巨大な影が生まれる。


「これって……」

「……懐かしいな」


 頭上を見上げる。


「魔族に従ずる最強の下僕、魔物の頂点!」


 アンセロが、嬉々とした雄叫びをあげる。


 宝石のように輝く青い皮膚。

 鋭い牙に、トカゲのような肉体。その背中には翼が二つ。


「私のアビリティは竜すらも誘うのです!」


◆エレミア・ジェバイド・ドラゴン

 種族 :ドラゴン

 レベル:2537

 HP :101480/101480

 MP :101480/101480

 攻撃力:202960

 防御力:164905

 敏捷性:30444


 虚ろな世界で、俺の中の何かが息をする。


「久しぶりだな、絶望」

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