第59話 最初から

 アンセロに向かって短剣をもう一振りする。

 避けようとする相手の動きに合わせて、こちらはオウカを抱き上げる。そのまま後ろへと下がりアンセロとの距離をとった。


「なぜになぜゆえ、私が怪我をする!?」

「くだらない妄想を垂れ流してるからだ、馬鹿」


 アンセロは唇を震わせているが、しかし傷口に手を当てて回復魔法をかけているあたり冷静さを欠いていないと見える。


「それにだ。お前調子に乗ったな。ステータスを0にしたのにすぐ死ななかった時点で違和感しかねえよ。思わず笑ったわ」

「狂ったくせに! 素直に死んでいればいいものを!」

「状況を探るための演技に決まってるだろ。思い込ませられなかったお前が悪い!」


 火球を放つ。

 アンセロは先ほどと違い、水の壁を作って打ち消した。

 やはり、先ほど放った俺の魔法は消されたわけではなく、誰もいない壁にぶつかって消えていただけか。

 

「俺に幻覚を見せて、その間に自分は移動して女の子に痴漢行為か。趣味が悪いな」

「なぜ幻覚魔法だとわかりましたか!?」

「お前さ、俺がオウカを買った時も幻覚魔法を使っただろ」

「馬鹿な!? 幻覚魔法は希少な魔法! あなたがすぐに気付けるわけがない!」

「ああ、予備知識がなければな」


 残念だが、俺はこの世界の人間じゃないからな。魔法のパターンなんていくらでも思いつくくらい、妄想に溢れた世界を生きていたんだ。


 短剣を構え直す。


「お前のくだらない魔法は解けた。さて、諦めてやられてくれ。最終的には魔王を倒さないといけないんだ」

「魔王、様を?」


 プレッシャーが変わった。

 重苦しい空気が肺を支配する。


「言ったでしょう? スカルヘッド・ゴブリンを殺したなら、呪いが完成したと」

「は?」


 ぎゅっとズボンを何かに捕まれた。

 見下ろせば、オウカが俺のズボンにしがみついている。


「……が」

「お前、まさか」

「――あなたがあああああああああ!!」


 オウカがアイテムボックスを開く。同時に俺は彼女の手を振りほどいた。


「かえせええええええ!」


 オウカが立ち上がり、取り出されたダガーがこちらに振るわれる。

 オウカも幻覚魔法に掛かっていたのか!


「やめろ! 目を覚ませ!」

「返せ! 返せ! みんなをかえせえええええええ!」


 威嚇する獣のような形相で、オウカがダガーを振り回す。

 それを、魔族だけがケタケタと笑う。


「素晴らしい! 憎しみに囚われた少女の表情! ああメインディッシュとして申し分ない!」

「メイン――まさか!」

「そう! その妖狐おもちゃこそが私の目的!

 残酷な記憶を閉じ込めた少女がフラッシュバックを起こした瞬間の絶望顔!

 そして怒りに変換された醜き獣の姿! ああ気持ちいい! 気持ちがいい!」


 少女は奴隷だった。

 売ったのはあの男だった。

 少女に記憶はなかった。

 自身の記憶だけがなかった。

 少女は妖狐だった。

 妖狐は邪視を持つと恐れられてた。

 なら、オウカは――最初から。


 くそ野郎アンセロに騙されて弄ばれていたんだ。


「いまあなたの姿は、私に見えてるんじゃないですかねえ?」

「ゲスが!」


 赤い部屋にこだまする。

 笑い声が。

 憎しみが。

 怒りが。

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