第57話 蟲毒

「初めて見た時から感じておりましたよ。あなた様の異様な空気」

「それは、冒険者なのにぼっちだからか?」

「ええまあ、しかし奴隷を購入されたのだからぁっ!?」


 話していたアンセロが肺に唾でも入ったかのような奇妙な声を上げた。


「な、なぜ、なぜになぜゆえ、数字が0のままなのですか!?」

「は?」


 俺の首元のキズナリスト。

 そういえば、ステータスを元に戻すためにオウカとの契約を切ったのだった。

 なぜそんなことを気にするのか知らないが。


「お前には関係ないな」


 にやりと笑う。


「はーっ! これだから孤高と孤独をはき違えて気取ったぼっちもどきの不要品は!」


 男が顔に手を当てて声を荒らげる。

 何が気に障ったのか知らないが気色悪い奴だ。


「御託はそこまでにしろ」


 アイテムボックスから短剣を取り出す。

 戦闘の姿勢を構えるものの、レベル差を考えれば俺が倒せる相手じゃない。ぶっちゃけ逃げるのが得策だが、あのスキルの量を凌ぎきれる気もしない。

 あれ……詰んでない?


「どうして、お前がこんなところにいるんだ」

「あぁ? 私ですか? それはもちろん、ここのボスを務めるためですよ。

 そんなことも察せないなんて脳が足りてないと言わざるを得ませんね」


 いちいち気に障る物言いだが、話に乗ってきた。今のうちになんか策を思いつかないと勝ち目がない。


「地上にはスカルヘッドがいた。このダンジョンから出てきたものだと思っていたがな」

「間違っていませんよ。あのスカルヘッド・ゴブリンは私が育て上げたのです」

「育て……上げた?」


 俺の反応を待っていたかのように、男は再度笑みを浮かべる。


「このダンジョンには何匹もゴブリンがいました。しかし私はすべてをこの部屋に閉じ込めて闘わせた。互いに殺し合い喰らい合い、そうして生き残ったゴブリンこそが完成品。短期間で素晴らしいモンスターを生み出す術ですよ」


 蟲毒みたいなものか。

 これでこの部屋の惨状も、あのスカルヘッドが高レベルだった理由も分かった。

 全部が全部、目の前にいる魔族の仕業だったというわけだ。


「それで」


 男が続ける。


「スカルヘッド・ゴブリンは、いかがされたのですか」

「……とっくに倒したが」

「なるほどなるほど……それでは――呪いの完成だ」


 青い瞳の視線が俺からずれる。

 その先にいるのがオウカであることはすぐにわかった。

 すかさず振り向いた先に――その姿はない。

 同時に、俺の隣を桜色の髪が通り過ぎる。


「オウカ?」


 歩いていくオウカを目で追い、アンセロの前で止まる。

 オウカがこちらを向くと、自分の額をトントンと突いた。

 俺の――額?


 指先で触れようとする。

 尖った何かが触れた。手の平へと血が流れてくる。

 頭に――ダガーが刺さっている?


 少女は奴隷だった。

 売ったのはあの男だった。

 少女に記憶はなかった。

 自身の記憶だけがなかった。

 少女は妖狐だった。

 妖狐は邪視を持つと恐れられてた。

 なら、オウカは――最初から。


 脳裏によぎった言葉がピースとなり、パズルにはまろうとする。

 何かが、完成されてしまう。


「ごめんなさい、ご主人様」


 オウカの笑みは、その顔に似合わない、ひどく醜くて下卑たものだった。

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