第54話 居場所

「……は?」


 オウカの疑問の声を無視して続ける。


「昨日のスライム討伐、そして今日の昇格試験でよくわかったと思うが、冒険者をやるのは生半可な気持ちじゃ無理だ。

 オウカは俺の都合でギルドに登録しただけだ。無理にやる必要は無い。」

「ご主人様は何を言ってるんですか?」

「だから、一緒に来なくても、先に宿に戻って――」

「――何を!」


オウカの大声が森に響き渡る。


「……いい加減にして」

「オ、ウカ?」

「いい加減気づいて!」


 大声だけでなく、突然変わった口調に、一瞬言葉がでなくなった。

 視線が自然とオウカへと移る。

 頭巾を外した少女が、怒りの眼差しを向けていた。


「言ったじゃん! 私の命はあなたの命だって!

 記憶がなくて、知らない場所で、隣にいたのがあなただった!

 怖かったよ、泣きそうだったよ!

 いきなり奴隷だってのしか分からなくて、目の前の知らない人に仕えろって。

 意味わかんないのにその気持ちだけが確かで。だから嫌われないようにしなきゃって。

 これから自分がどうなるかもわからない。どうされるかもわからない。でも震えそうな身体を必死に殺して、笑顔作って、愛想振りまいて。口調だってすぐに変えた!

 変な顔されたくなかったから! 怖い思いをしたくなかったから!

 耳と尻尾を触られて怖かった! けど何も言えなかった!

 あなたが何者で何をしてくるかなんて何一つわかんない! 何が正しいのかわかんない! だから素直に言うことを聞くだけで精一杯だった!」


「オウカ……」


「でも、あなたは優しかった。

 何もわからない私に普通に接してくれた。

 震えていることに気付いてくれた。怖いことを理解してくれていた。

 妖狐だって言っても、邪視だって言っても気にしなかった。

 そして、名前を付けてくれた」


「…………」


「だから応えようと思った。スライムだって気持ち悪いし怖かったけど頑張って倒した。

 代わりにあなたが褒めてくれた。嬉しかった。もっと頑張ろうと思った。

 奴隷であっても、ちゃんと仲間でもいられるようにって。

 この命をあなたのためにって思えた。

 それでも、あなたは生きろって言ってくれた。

 死ぬなって言ってくれた。

 守られてろって言ってくれた。

 だから、私も何かしなきゃって、スカルへッドの気をこっちに向けさせた。

 あのまま攻撃されたら死んじゃうかもって思ったよ! でもあなたが守ってくれるって思ったもん!

 もう信じてるんだもん!

 いまの私にはあなたしかいないから。あなたなしでは何もできないから。

 ――あなたがいてくれないといけないって、それくらい気づいてよ」


 大きな瞳から、ぽろぽろと涙が零れていく。


 そうか、これがオウカの本心か。

 記憶のない中で不安を抱えて、それでも必死に生きようとしていたんだ。

 抗っていたんだ。

 俺はなにも気づかずに、余計な事ばかり言っていたのか。

 勝手に奴隷契約のせいだと思い込んでいたが、オウカはオウカ自身で考えて行動していた。

 ――彼女は仲間になろうとしてくれていた。


「いまさら冒険者をやめるかなんて聞かないで。

 私はあなたの傍にいるの! そこに冒険者も何も関係ない。

 私の居場所はそこにしかない!」


 それが、オウカの中にある全てか。


「……オウカ」

「はい……」

「……それがお前の素の口調なんだな」

「今それ聞きますか」


 わんわん泣きながらオウカが答える。

 俺は膝をついて少女を抱きしめた。


「忘れてたよ。最初に言っていたな。俺は仲間が欲しいって。

 オウカはずっと答えてくれていたのに、気づかなくてごめんな」

「本当に、なんで気づかないのバカぁ」


 俺の胸元で嗚咽を漏らす少女の頭を撫でる。

 ――今度は、俺が答えなきゃいけない。


「オウカ、お願いがある」

「はい」

「俺の仲間になってくれ。一緒に、ダンジョンを探そう」

「はい!」

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